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青玉楼主人日録

仮想の古書店「青玉楼」の店主が、日々の雑感や手に入った新刊、古書の感想をつづります。

『セカンドハンドの時代』 スヴェトラーナ・アレクシエーヴィチ

さすがにドストエフスキーの国の話らしく、読んでいる間は鬱々として愉しまず、時おり挿まれる笑い話は苦みが過ぎて笑えず、読語の感想は決して愉快とはいえない。しかし、景気悪化がいっこうに留まることなく、それとともに戦前回帰の色が濃くなる一方の、…

『転落の街』上・下 マイクル・コナリー

<上下二巻を併せての評> 『転落の街』は、ロス市警強盗殺人課刑事ハリー・ボッシュが主人公。下巻カバー裏の惹句に「不朽のハード・ボイルド小説!」のコピーが躍るが、御年60歳で、15歳の娘と同居という設定では、どう転んでもハード・ボイルドになるわけ…

『世界の8大文学賞』 都甲幸治他

芥川賞や直木賞なんて世界の文学賞のうちに入るのだろうか?日本の作家が書いた日本語の小説しか対象になっていないのに。なんてことを思ったけれども、読んでみました。今年も話題になっているのは、もちろんノーベル文学賞。村上春樹さんがとるかどうか、…

『ユリシーズを燃やせ』 ケヴィン・バーミンガム

これは、ジェイムズ・ジョイスのではなく、『ユリシーズ』という一冊の本の伝記である。ジョイスその人については、有名なリチャード・エルマンの『ジェイムズ・ジョイス伝』をはじめ、八冊の評伝がある。『ユリシーズ』について書かれた本に至っては数えき…

『ラスト・チャイルド』 ジョン・ハート

事件が解決され、犯人が誰か分かった後、もう一度はじめから読み返すのが好きだ。張られた伏線も、ミスディレクションも、手に取るようによく分かるから。しかしながら再読したくなる小説はそう多くない。大抵は犯人の隠し方に無理があったり、語り手が重要…

『執着』 ハビエル・マリアス

ボブ・ディランがノーベル文学賞をとって話題になっているが、このハビエル・マリアスも候補に挙がっていた一人。ノーベル賞は政治的な意味合いが強いので、ボブ・ディランにいったのだろうが、今さらという気もする。それよりは、もっと読まれてしかるべき…

『川は静かに流れ』 ジョン・ハート

親友のダニーからの電話でアダム・チェイスは故郷に帰ることにした。五年前、妹の誕生パーティの夜、男が殺され、継母によってアダムの仕業だと証言された。判決は無罪だったが、父は再婚相手の言葉を信じ、アダムに家を出るよう命じた。五年ぶりに帰った故…

『終わりなき道』 ジョン・ハート

まあ、確かに償いや贖いに終わりはないのかもしれないが、ずいぶんと突き放した邦題になったもんだ。原題は<REDEMPTION ROAD>。ここは、あっさりと『贖い(贖罪)への道』と訳した方が、作者が意図した主題に沿っている気がするが、あまりにも露骨すぎるの…

『籠の鸚鵡』 辻原登

帯に「著者の新たな到達点を示す、迫真のクライム・ノヴェル」とあった。これは読まねば、と思って読みはじめ、しばらくたってから「ふうむ」と、首をひねった。たしかに、いつもの辻原登ではない。だが、これが新たな到達点だというのは、ちょっと待ってほ…

『四人の交差点』 トンミ・キンヌネン

フィンランド北東部の村で暮らす家族四代の1895年から1996年にわたる世紀をまたぐ物語。その間には継続戦争と呼ばれる対ソ戦とその後のヒトラーによる焦土作戦や物資の欠乏に苦しめられた戦争の時代をはさむ。助産師として自立し、女手一つで娘ラハヤを育て…

『無限』 ジョン・バンヴィル

グローブ座で演じられていた頃のシェイクスピア劇は、幕が上がる前に語り手が登場し、これから始まる芝居について観客に説明する形式をとることがあった。語り手が地の文の中に自在に登場しては言いたいことを言う、この小説を読んでいて、当時の舞台劇を思…

『海に帰る日』 ジョン・バンヴィル

妻を病気で亡くして間もないマックスは夢を見た。夢のなかで自分は今の歳でありながら少年だった。自転車が壊れ、足を怪我し、誰もいない田舎道を歩いていた。「日が暮れかかっているのに、雪のなかをひるむことなく歩き続ける哀れなでくの坊。行く手には道…

『いにしえの光』 ジョン・バンヴィル

初老の男が遠い夏の日の初恋を思い出す。相手は友だちの母親。美しくも狂おしい過去の回想をさえぎるように、愛する家族を喪った記憶から立ち直れないでいる今の暮らしが挿入される、とくれば、あのブッカー賞受賞作『海に帰る日』を思い出す人も多いだろう…

『メモリー・ウォール』 アンソニー・ドーア

短篇集なのだが、一篇一篇がとても短篇とは思えない重量感を持つ。短篇が高く評価されている作家だが、短篇向きではないのかも。ありふれた人物に起きる些細な出来事を絶妙の切り口ですくいとってみせる、そんな短篇の気安さを期待すると裏切られる。限られ…

『最終目的地』 ピーターー・キャメロン

一通の手紙がウルグアイのオチョ・リオスに暮らす、作家ユルス・グントの遺族宛に送られてくる。差出人はカンザス在住の大学院生オマー・ラザギ。オマーは、グントについての博士論文ですでに賞を得ており、副賞として大学から自伝の出版に対して研究奨励金…

『大いなる不満』 セス・フリード

一歩まちがえたら真っ逆さまに墜落しそうな崖っぷちのようなところで、曲芸を演じている道化。セス・フリードにはそんな雰囲気が濃厚に漂っている。下手を打ったら寓話になってしまいそうなぎりぎりのところで危なっかしく小説を書いている。ところが、いつ…

『すべての見えない光』 アンソニー・ドーア

第二次世界大戦前夜、パリにある国立自然史博物館に勤めるルブラン・ダニエルは白内障で急速に視力を奪われつつある娘のため、指でなぞって通りや街角を記憶できるよう、精巧な街の模型を作ってやる。しかし、マリー=ロールが模型で覚えた街の姿を頭の中に再…

『ジョイスの罠』 金井嘉彦/吉川信

柳瀬尚紀氏が亡くなったのは七月の終わり頃だったと記憶する。本書の副題に「『ダブリナーズ』に嵌る方法」とあることに、ああ、近頃はもう、『ダブリン市民』とは呼ばず、『ダブリナーズ』がスタンダードになったのだなあ、とちょっと感銘を覚えたのであっ…

『塔の中の部屋』 E・F・ベンスン

夏にはぴったりの怪談、というか幽霊譚。姿の見えるのもあるし、音や部屋の中に何かいる感じがするという存在感がたよりの幽霊もいる。さすがにどの家のクローゼットの中にも骸骨がいる、ということわざが成り立つ国はちがう。とはいっても、それほど、どこ…

『いちばんここに似合う人』 ミランダ・ジュライ

ぬるい塩水を入れたボウルに顔をつけさせ、八十歳をこえた老人三人に水泳を教える話がある。いい歳をした爺さんがキッチンの中をバタフライでターンする、畳の上の水練ならぬ床の上の水練が涙が出るほど面白い「水泳チーム」。話に出てくるばかりで一向に紹…

『海に帰る日』 ジョン・バンヴィル

妻を病気で亡くして間もないマックスは夢を見た。夢のなかで自分は今の歳でありながら少年だった。自転車が壊れ、足を怪我し、誰もいない田舎道を歩いていた。「日が暮れかかっているのに、雪のなかをひるむことなく歩き続ける哀れなでくの坊。行く手には道…

『分解する』 リディア・デイヴィス

リディア・デイヴィスの真骨頂は、真実と嘘の兼ね合いの見事さ、の一点に尽きるといっても過言ではない。真実に拘泥し、自分の身の回りに起きたあれこれを貧乏たらしく書き記した身辺雑記に終始してそれでよしとしたのが日本の私小説。しかし、そんなもの誰…

『ほとんど記憶のない女』 リディア・デイヴィス

最初に読んだのは、今は別の男と暮らす女が過去の失敗に終わった恋愛を回想するという小説を執筆中の作家が交互に主人公を務める、『話の終わり』だった。 abraxas.hatenablog.com リディア・デイヴィスは、プルースト『失われた時を求めて』第一巻『スワン…

『風狂 虎の巻』 由良君美

ちくま文庫から『みみずく偏書記』、『みみずく古本市』、平凡社ライブラリーから『椿説泰西浪漫派文学談義』と、ここ何年かの間に由良君美の復刊が相次いでいるのには何かわけでもあるのだろうか。ここへ来て、青土社が『風狂 虎の巻』を新装版で出すに至っ…

『誰もいないホテルで』 ペーター・シュタム

「凡庸さの連続が豊饒な生の厚みに変わるその一瞬を、シュタムは逃さない」という堀江敏幸の評に引かれて手にとった。ペーター・シュタムはスイス生まれの作家で、十篇のうち一篇を除いて、故郷である、ドイツ国境近くのボーデン湖を望む丘陵地帯を舞台とし…

『聖母の贈り物』 ウィリアム・トレヴァー

短篇小説の名手ウィリアム・トレヴァーの作品を一冊の短篇集として日本に紹介した初めての試みが、2007年刊のこの『聖母の贈り物』ではなかったか。知らないということは恐ろしいもので、初めて読んだとき、何だか嫌な人間ばかり出てくる小説だな、と感じた…

『イーヴリン・ウォー傑作短篇集』

今年2016年は、イーヴリン・ウォー没後50年にあたる。英国でも四十巻をこえる全集が出版され始めたと解説にあるが、日本でもここのところ、各社から出版が相次いでいる。日本ではさほど知られていないが、二十世紀イギリス文学を代表する一人である。吉田健…

『邪眼』 ジョイス・キャロル・オーツ

表題作のタイトルにもなっている「邪眼」というのは、<evil eye>(邪視)のこと。悪意を持って睨みつけることで、相手に呪いをかける行為を指し、世界各地に民間伝承が残る。邪視から身を守る護符のことをトルコでは、ナザールと呼ぶ。同心円状に色の違う…

『遅い男』 J・M・クッツェー

自転車に乗っていたポール・レマンは車に衝突されて右脚の膝から下を失う。医師は義肢をつけるよう促すが、彼は承知しない。60歳を過ぎた今、新しいことに慣れたいとは思わないからだ。離婚し、子どももいないポールは、退院後、介護士の世話を受けなくては…

『人生の真実』 グレアム・ジョイス

英国はコヴェントリー郊外に暮らす女系一家の物語である。母親のマーサを中心に姉妹が七人のヴァイン家。その末娘キャシーが産んだ子を養子に出すところから話がはじまる。何か大事なことがあれば、姉妹たちとその夫がマーサの家に集まって会議を開くのが、…

『あなたの自伝、お書きします』 ミュリエル・スパーク

ミュリエル・スパークの最高傑作と言っていいだろう。毒のある口吻、媚びない生き方、友人とのさばけた交際ぶり、鋭い人間観察力、人生に対する肯定的な姿勢。主人公フラーの人物像は、よく知られる作家スパークのそれにぴったりと重なる。それもそのはず。…

『イエスの幼子時代』 J・M・クッツェー

タイトルだけ読めば、聖書に材を得た子ども向けの物語か、と勘ちがいしてしまいそうだが、いやいやとんでもない。イエスなんかこれっぽっちも出てこない。近未来の世界を舞台にしたディストピア小説の型を借りたこれは、人間と、人間が生きる社会について真…

『ホワイト・ジャズ』 ジェイムズ・エルロイ

「暗黒のLA四部作」第四作。シリーズ完結作は意外に手堅くまとめられていた。デイヴィッド・クラインというLA市警警部補の一人称限定視点で書かれていることもあって、これまでの作品のように、個性的な主人公が何人も登場し、複数の視点から事件をながめ、…

『LAコンフィデンシャル』上・下 ジェイムズ・エルロイ

ラメント。嘆き歌。結局これを聴きたいがために上下二巻の長丁場をひたすら耐えるのかもしれない。悪の巨魁に立ち向かい、力及ばず死んでいく者。死なないまでもボロボロになって都市を離れてゆく者。ともに戦った仲間の無念を思い、ひとり立ち尽くす未だ滅…

『ブラック・ダリア』 ジェイムズ・エルロイ

第二次世界大戦が終わって間もないころ、元ボクサーのバッキー・ブライチャートは、同じく元ボクサーでロス市警セントラル署巡査部長リー・ブランチャードのパートナーとして、ミラード警部補の下で捜査にあたっていた。バッキーと、リーは警察内部のボクシ…

『煉瓦を運ぶ』 アレクサンダー・マクラウド

同じシリーズだし、マクラウドという名前だし、もしやと思って手に取ったら、帯にちゃんと書いてあった。あのアリステア・マクラウドの息子である。アリステア・マクラウドは、好きな作家の中でも特別な位置にいて、同シリーズから刊行されている三作はどれ…

『人形つくり』 サーバン

まず文章がいい。翻訳でこれだけの味が出せるのだから、もとの英文もきっと雅趣あふれる文章に違いない。1951年刊「リングストーンズ」、53年刊の「人形つくり」の中篇二作が収められている。どちらも、幻想文学の本道を行く格調高い作風で、この種のものを…

『背信の都』上・下 ジェイムズ・エルロイ

1941年12月6日。いうまでもなく日米開戦前夜のアメリカ、ロサンジェルス。日系二世の市警鑑識官アシダは、自作の写真撮影装置を取り付けたばかりのドラッグストアで強盗事件に遭遇する。現場で捜査能力の高さを見込まれたアシダはその後に起きた日本人家族四…

『テラ・ノストラ』 カルロス・フェンテス

冒頭の老婆の突然の出産に象徴される現代パリでの出来事が異様すぎ、これはSFなのか、それとも何かの寓話なのだろうか、と混乱をきたしそうなので、小説に限らず映画でも絶対はじめから順に見ていくのだ、という強いこだわりをお持ちでない読者は第二章「セ…

六月に読んだ本

ひと月に15冊ということは、二日で一冊読んだことになる。書評を書くのにも時間をとられるから、実際は一日半で一冊くらいの見当になるか。後半、急いだせいか、書評があまり書けていない。一ヶ月に15冊というのはどんなものだろう。書評サイトなどを見てい…

『裏切りの晩餐』 オレン・スタインハウアー

これぞエスピオナージュと呼ぶにふさわしい一作である。作者はジョン・ル・カレの後継者と呼ばれているというから、その評価のされ方がどれくらいのものかが分かる。読後の印象をいえば、ル・カレから英国人臭さと、独特の文章のあやを取り去ったらこんな感…

『アックスマンのジャズ』 レイ・セレスティン

ハリケーンが迫りくるニューオーリンズの街を舞台に、連続殺人鬼を追う三組の探偵役の活躍を描く長篇ミステリ。時は1918年、ジャズ発祥の地であるニューオーリンズでは、アックスマンと名のる斧を使った殺人犯による連続殺人が起き、市民は恐怖に震えていた…

『黄金の少年、エメラルドの少女』 イーユン・リー

結局は人間なのだろう、どんな面白い小説を読んだとしても、読後に残る充たされたという感じをあたえてくれるのは。イーユン・リーの小説が他の作家のそれと特別に変わっているわけではない。強い影響を受けたとされるウィリアム・トレヴァーの作品や、エリ…

『わたしの名は紅』 オルハン・パムク

『わたしの名は紅』って題名に「ゴレンジャーかい」とつっこみたくなった。章が変わるたびに、話者が交代し、話者の一人称視点で物語が語り継がれてゆく。表題の「紅」というのは、色の赤のことである。主題を担っている細密画に使われる塗料の色であること…

『千年の祈り』 イーユン・リー

イーユン・リーのデビュー短篇集。第一回フランク・オコナー国際短篇賞を受賞した、その完成度の高さに驚く。どれも読ませるが、読んでいて楽しいと感じられる作品が多いわけではない。むしろ苛酷な人生に目をそむけたくなることのほうが多いのだが、読み終…

『さすらう者たち』 イーユン・リー

原題は"The Vagrants”で、『さすらう者たち』は、ほぼ直訳である。ところで、その「さすらう者たち」は、いったい誰を指しているのだろう。というのも、どれも一筋縄ではいかない人物たちの中で、唯一好人物といっていい、ゴミ拾いや掃除を仕事としている華…

『無垢の博物館』上・下 オルハン・パムク

主人公のケマルは三十歳。父親から譲り受けた輸入会社の社長である。引退した大使の娘で美人で気立てのいい婚約者スィベルとの結婚も間近だ。そんなある日、買い物に寄った店で昔なじみと久しぶりに再会する。フュスンは遠縁にあたる娘で十八歳になったばか…

『ベスト・ストーリーズⅡ 蛇の靴』 若島 正篇

若島正氏編による、新『ニューヨーカー短篇集』、『ベスト・ストーリーズ』全三巻の第二巻。時代的には1960年から1989年までの三十年間をカバーしている。二代目編集長ウィリアム・ショーンが辣腕を振るった『ニュ-ヨーカー』がどんな雑誌だったかというと…

『エセー 7』 モンテーニュ

『エセー』の最終巻。晩年のモンテーニュが、肉体的にも精神的にも、意気盛んであったことがよく分かる。国は宗教戦争のさなかにあり、自身もそれにかかわりながら、塔屋の書斎にこもって『エセー』を書いている時は、いつものモンテーニュであり、それは最…

『独りでいるより優しくて』 イーユン・リー

物語は小艾(シャオアイ)の葬儀のシーンからはじまる。この章の視点人物は三十七歳の泊陽(ボーヤン)で、彼は小艾の母の代わりに火葬場に来ている。小艾は伯陽より六歳上だったが、誤って或は故意に毒物を飲んだせいで、二十一年間というもの病いの床にあ…