青玉楼主人日録

仮想の古書店「青玉楼」の店主が、日々の雑感や手に入った新刊、古書の感想をつづります。

麦草峠

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三連休の最終日。夏のお約束となった感がある麦草峠に行って来た。八ヶ岳を望むこの峠は標高二千メートルをこえる高さに位置し、鬱蒼とした原生林の中に白駒池という神秘的な池を隠している。

前回は夫婦二人だけだったが、今回は長男夫妻も一緒である。往復八百キロ近いロングドライブになるが、一度行ってあるので心配はしていなかった。往路は渋滞もなく伊勢自動車道から東名阪、湾岸自動車道、東海環状、中央道と乗り継いで諏訪で下り、我が家の定番、ほうとうの小作で昼食。

さすがに夏のほうとうはあつい。南瓜に人参、馬鈴薯と大ぶりな野菜がこれでもかと入った上に鴨肉である。汗だくになって完食した。茅野からメルヘン街道を一路麦草峠に向かう、はずだった。

道には見覚えがあるはずなのに、控えてきた住所をナビに入れても表示されない。道路標識には「佐久穂」とあるが、どうも書き換えた後がある。平成の大合併で町名変更したところが多く、更新してないナビはそれを知らないのだ。たしかにナビの更新を怠っているこちらにも問題はあるが、父祖伝来の地名をそう簡単に変える方にも問題はある。道路標識を作る会社は官僚の天下り先になっているという噂があるが、町名変更による標識付け替えでいくら儲けたのだろう。

妻が旧名の八千穂を思い出したので、胸のつかえが下りた。そう、たしかに八千穂高原だった。とはいえ、道はまっすぐの一本道。そうこうするうちに麦草峠の看板が現れてきた。奧蓼科温泉郷を抜け、別荘地を過ぎる頃には九十九折りの峠道に差し掛かる。時折灌木の向こうに山から煙り立つように夏雲が顔を出す。まさに雲上ドライブ。最高の気分である。

白駒池の駐車場に車を止めた。料金は五百円である。これはまあ仕方がない。びっくりしたのは新設のトイレまで有料になっていたことだ。山のトイレが環境問題を引き起こしているのは知っている。ただ駐車場で料金を取った上にトイレも有料というのは、ちょっとどうか。少し手前に公衆トイレができていたが、あれも有料なのだろうか。少し気になった。もっとも、海外ではトイレに小銭がいるところも多い。国際化が進んでいると思えばいいのかもしれない。

抜群の天気で、いつもは神秘的な白駒池もなんだかのんびりとした雰囲気に包まれていた。苔むした岩や倒木に木漏れ日があたり、鳥の声もよく響いていた。山歩きになれた人が腰に付けたカウベルが、近づいてきては遠ざかる。糸トンボや赤とんぼが草の上で羽根をやすめている。静かな夏の昼下がりである。

帰りには温泉に寄ろうと決めていた。ところが、以前に来たことのある温泉を妻が、渋温泉と覚えていたのがまちがいだった。道沿いに立つ看板の矢印を頼りに踏み入った道のひどいこと。ひび割れだらけで道の真ん中は異常に盛り上がっている。硬いサスと扁平率の高いタイヤのせいで、車は跳ね上がったり底をこすったりとさんざんな目に。

どうやら行き着いた先にある渋御殿温泉は、立ち寄り入浴は三時までで時間切れという。引っ返して別の温泉をさがすうちに、妻が「前にあなたが行きたいと言っていたのが渋温泉だったわ。」と、言いだした。それでは、この前行ったのは何温泉だったのか。(帰ってから自分のサイトで確かめたら渋川温泉だった。)

道端に立つ馬頭観音の傍らに明治温泉という看板が見えた。車一台がやっとという細道を下りていくと、清冽な滝の畔に山小屋風の建物が見えた。一時間以内ならという約束で立ち寄り入浴が可能になった。一人八百円は共通料金らしい。地下に下りて浴場にはいる。改装したらしく脱衣場は小ぎれいになっていた。

温泉は源泉24度というからかなり冷たい。内風呂は加熱しているのだろう、かなり温かかった。窓がなく屋根だけがついた半露天風呂の方は、ぬるめで、長く入るにはこちらが気持ちいい。手摺り越しに滝を眺めることができる。楓の先がはや紅葉をはじめていた。静かな谷間の宿に滝の水音だけが響いている。こんなところに長逗留したら小説のひとつも書けるかな、と長男と話し合った。

帰りは事故渋滞を含む交通渋滞に三度つかまり、予定を大幅に遅れて帰宅。やはり、休日千円という料金設定は魅力的だが危険がいっぱいであることを認識した。