青玉楼主人日録

仮想の古書店「青玉楼」の店主が、日々の雑感や手に入った新刊、古書の感想をつづります。

『背乗り』竹内 明

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筒見慶太郎は元警視庁公安外事二課係長。八年前、上の命令を無視して捜査を強行し、危うく国際問題を引き起こしかけた件で公安を追われ、今はニューヨークにある日本国総領事館の警備対策官。中国に対する人権外交を謳い滞米中の外務大臣黒崎がホテルで倒れたという報を受ける。命はとりとめたが血液中に薬物が検出された。自殺か他殺か。総領事の命を受けて筒見は帰国する。

同じ頃、世田谷では筒見がオヤジと慕う「影の公安部長」浜中の死体が発見される。臨場した元公安外事二課で今は巡査の岩城は現場にあった拾得物の中身が外事二課の秘密データだったことを元係長の筒見に告げる。八年前の筒見の暴走は、公安の中にいるモグラを暴くためだった。筒見は、モグラの妨害工作で解体されたかつての仲間を集め、事件を解明しようとする。

映画『裏切りのサーカス』の原作、ル・カレの『ティンカー・テイラー・ソルジャー・スパイ』で知ったが、<モグラ>というのは、諜報機関に潜入した敵対組織の諜報員を指す隠語だ。非情なスパイの世界にあっては、敵を欺くために味方を売るまねさえせざるを得ないこともある。その過程でずるずると深みにはまり込んでしまう。その結果としての二重、三重スパイはよくある話だ。

敗者の烙印を押され、組織を追われたかつての仲間が再結集し、権力の闇に巣食う悪者をあぶり出すという設定。天才的なスパイ・ハンターながら組織を追われ、一匹狼となった筒見。サラリーマンの悲哀を感じながらも交番巡査の職務を真面目に遂行する正義漢岩城、ミステリアスな美女サラ、隻脚の中国人スパイ劉と役どころも揃っている。

尖閣の問題や民主化運動の高まりを受けて、対中国外交は日本にとって喫緊の課題となっている。関係者に言わせれば、スパイ天国になっているという日本が舞台。インテリジェンスに関して無防備とされる国家にあって、国家の屋台骨を陰で支える「ダーク」な組織、今流行りの公安警察の内部を描くことで、読者の興味をそそる内容となっている。

親に隠れてハクビシンに餌をやる少年や、父に虐待される兄弟の話を挿入し、非常になりがちなスパイ戦に情味を添えるのも忘れない。特にニューヨークを舞台にした前半の滑り出しが小気味よい。音楽や食事、犬を連れたジョギング、と海外のミステリを読んでいるようだ。肝心の後半だが、直接の事件の謎は解明されるものの、背後に巣食う闇には手をつけずに終わっている。シリーズ化を考えているのかもしれないが、これで完結というのなら、もう少し余情というものがあってもよかったのではないだろうか。