青玉楼主人日録

仮想の古書店「青玉楼」の店主が、日々の雑感や手に入った新刊、古書の感想をつづります。

『サーカスが通る』パトリック・モディアノ

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久しぶりに小説らしい小説を読んだ。でもないか。どちらかといえば、シネコンがハリウッド映画や邦画アニメで占領される前、街角の小さな映画館で観たフランス映画に再会したような感じだ。今年ノーベル文学賞を受賞したパトリック・モディアノ、十五作目の小説。

秋から冬にかけてのパリ市街。パリの冬は晴天に恵まれず雨もよいの空はいつも灰色で、人は孤独のあまり死にたくなるという。その頃「ぼく」は十八歳。両親は外国へ出かけたままで、いつ帰ってくるかもしれなかった。徴兵猶予を引き伸ばすために大学の文学部に籍を置いていた「ぼく」は、父の友人のグラブレーと二人、家具や絵を質屋に入れ、引っ越したばかりのようになったアパルトマンで暮らしていた。

ある日、誰かの手帳に名前があった件で警察に呼ばれた「ぼく」は、そこで出会ったジゼルに頼まれ、一夜の宿を貸すことに。女が身に纏った謎に魅かれるように、初冬のパリ旧市街を彷徨う「ぼく」。世間知らずの若者が、垣間見るいずれも正体の知れない大人の男女の世界。いつかその渦に巻き込まれ、抜き差しならない関係にはまってゆく「ぼく」の頭のなかにあるのは、ジゼルと二人でローマに行くこと。そこには仕事と落ち着き先が待っているはずだった。

ルノー・ヴェルレーあたりが演じそうな、愁いを帯びてほのかに甘く、どこか危険の香りが漂うような、青春映画が目に浮かぶ。セーヌ河畔、コンティ河岸に位置するアパルトマンからはポン・デ・ザール橋とルーブル宮が見え、夜ともなれば河を行き交うバトームーシュの光が部屋に線状の灯りを届ける。シテ島をはさんで、セーヌ左岸と右岸を往き来する「ぼく」は、いくつもの橋を渡る。カフェ・ドゥ・マゴや作家チェスター・ハイムズがよく顔を見せていたカフェ・トゥルノン、とまるで一筆書きでパリの市街図を描くように移動する二人の後を追ううちに、すっかりパリ見物ができるしかけだ。

十八歳の青年と二十二歳の女の関係は、女が私生活を明かさないことで謎を秘めたまま進行してゆく。少し年上の女に魅かれる若者の思いつめた気持ちや、女の心ここにあらずというアンニュイな気分が、移動中少しの間、姿をくらませてしまう女の謎とからみあって、なかなか深い関係に至ることがない。この宙吊り状態が緊張感に満ちたサスペンスを持続し、一気に終末に突入する。あっけない幕切れが、いかにも似合いそうな一途な若者の初恋を描いたみずみずしい小説である。