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青玉楼主人日録

仮想の古書店「青玉楼」の店主が、日々の雑感や手に入った新刊、古書の感想をつづります。

『吉田健一』 長谷川郁夫

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美しい本である。その内容だけでなく、造本・装丁もふくめて、本というものを愛していた吉田健一もきっと喜ぶにちがいない。ミディアム・グレイの背に清水崑描くところの氏の横顔を配した下に、金字で書名を横書きにし、英語のサインが付されている。著者名も同じく横書きで、こちらは黒字。カバーには、田沼武能撮影の、書斎の机に向かい、両切りピースを手に微笑んでいる写真が使われている。

イギリス人は評伝を好んで書き、そして読むというのを知ったのは丸谷才一の本だったように覚えている。「それではなぜ、イギリスで伝記が繁栄したのか。それは、近代イギリス社会が「社交的人間」を求め、そのなかの飛びぬけた人物をヒーローとして尊敬したためではないか。(略)社交的人間とは、分別があり、しかも奇人であるような人。そういう人は奇人伝の主人公になれるエピソードをふんだんにもっていた」からだ、と丸谷はいうのだが、まさに吉田健一のことを念頭に言っているように思えてくる。

吉田茂の長男で流暢に英語を操るケンブリッジ帰りの文士。無類の酒飲みで大食漢。妙にくねくねした身ぶりでケケケッと奇声を発し、あたりかまわず大声で笑った、と周囲にいた多くの人が吉田健一について語っている。充分に奇人伝の主人公になれる資格があるように思えるが、著者が吉田健一について、このように詳細かつ愛情に溢れた評伝を著すにいたったのは、その出自や奇癖が原因ではない。その晩年、編集者として近くに身を置き、「ランチョン」で謦咳に接することができた著者には、日本の文学界において到底正当に遇されたとは思えない不世出の文学者を、本来そこに置かれてしかるべき場所に位置づけるための標石としてこの菊版二段組650ページの大著を著したにちがいない。それほどに、この本は著者の吉田に寄せる敬愛の念と、その文学に対する深い洞察に溢れている。

学生時代に出版社を興したというから、本に詳しいのは当然だが、吉田の名が出てくる本にはすべてあたったのではないか、という気がするほど、河上徹太郎中村光夫をはじめ、大岡昇平三島由紀夫等々親しかった文学者が吉田との交遊、因縁について語った文章を片端から引用し、彼らの目には新帰朝者である吉田がどう映っていたかを多角的な視点で描きだしている。日本の文壇とは無縁で、親しい仲間もおらず、先輩文士に混じって黙々と酒杯を重ねる若き日の健坊の孤独の深さ。やがて師友を見出し、少しずつ翻訳をものし、批評家となってゆく。吉田健一という特異な位置に視座を据えた日本文壇史という側面もあって、なかなか読ませる。

飲み仲間であった福田恒存や大岡、三島などが次第に流行作家となってゆくなかで、なかなか自分の著書が出せない吉田の焦りや鬱屈については抑制された筆致で想像するにとどめ、周囲の理解と無理解を書誌学的な態度で客観的にあぶり出し、いかにその文学が異端の位置にあったかを読者に想像させる。それは『英国の文学』一篇が、大岡信篠田一士といった若い人たちによって圧倒的な支持を受けるまで、吉田が甘んじて受けなければならない不遇であった。

しかし、本人は文壇的な不遇も、金銭的な不如意も一向に苦にしない態で、「乞食王子」を名乗り、復員した時のままの水兵服と軍帽でノンシャランと町を歩き、モク拾いの様子を文章に綴るなど、どこまでも自分流の行き方を貫いた。このスタイルは、原稿が売れるようになっても変わらず、金があれば飲み、食らい、旅をした。その恬淡とした暮らしそのままの食味随筆は人気を呼び、版を重ねていく。「酒宴」にはじまる、小説ともエッセイともつかない文章スタイルは、時に怪談めいたファンタジー味を帯び、後の「金沢」に至って吉田文学の円熟期を迎える。

河上の故郷岩国や、酒田、金沢への毎年の旅行で何処の何を食べ、何という酒を飲んだかまで、克明に調べつくし、書き上げている。日本の私小説的風土を嫌い、健康でまっとうな生活者が正直に生き、勤勉に働いた結果としてある吉田健一の文学を全的に肯定した評伝である。個人的な感想として、愛犬の死に触れた部分が心に残った。自分が老いてから、仔犬や子猫を飼うことの難しさは愛犬家、愛猫家の悩みである。犬を愛した吉田が愛犬と別れ、もう飼うことはないと思い定めた後、小説の中で掌からやっとはみ出る小ささの仔犬を選ぶ場面を書いているところで、作家でなくては味わうことのできない境遇に嫉妬めいたものを感じた。カバー写真にある大きな掌の中から、黒い鼻先をのぞかせる子犬の姿が見えてくるようだった。