青玉楼主人日録

仮想の古書店「青玉楼」の店主が、日々の雑感や手に入った新刊、古書の感想をつづります。

「夜歩く」

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おなかを出して寝るのは、気を許している証拠らしい。ようやくニコもリビングとダイニングは安心していられるようになってきたようだ。ドアが大きく開いていればリビングからホール、そこから通じている和室、二階への階段、そして玄関土間へは平気な様子で出て行けるようになった。でも、こちらが後を追うようについて行こうとすると、なんだか悪戯しているところを見られたとでも思っているかのようにあわてて駆け戻る。

「大丈夫だよ、ニコ」と明るい声で言い聞かせるのだが、人に見られることを気にする癖がまだ抜けない。火と水を使う台所と浴室は危険なので出入りするのを止めているが、それ以外の部屋は出入り自由にしている。見つかることをいやがるからか、この間、書斎のコンピュータ・ラックの下にもぐりこんだとき、ステレオのアンプとつながる音声のケーブルを抜いてしまった。危険というほどではないが、配線が絡まってパニックになってもいけないので、そこには百均で買ってきたワイヤのネットを立てた。

季節柄、今はドアは常時開けているから、行こうと思えばどの部屋にだって行ける。風で閉まってしまうと、閉じ込められるのでリビングと玄関ホールを仕切るドアは完全に閉まらないように扉上部にストッパーが挟んである。ニケはその二センチほどの隙間に前足をいれて上手にドアを開けて出入りしていたが、ニコはまだ自分で開けることはできない。

今朝のことだ。午前五時頃、津波の警戒を促す防災メールが鳴った。「起きてる?今、ニコ、わたしの足のところにいるよ」と、携帯を見た妻がささやく。二階の寝室は袖壁と垂れ壁で二室に別れてはいるが、ローボードで仕切られていない部分はつながっている。起き出して驚かさないように寝たままで「そうか!やっと来たね」と答えて、じっとしていた。しばらくするとこちらの方に歩いてくる小さな足音がした。残念ながら、こちらのベッドには上がって来なかった。

ニケは、夜一人でいるのが寂しくなると、トントンと足音を立てて階段を上り、僕のベッドに入ってきた。なぜか妻より僕の方に来るので、妻は口惜しがっていたものだ。当時、夜ニケに起こされると起きて付き合ったのは、仕事や子育て、家事に追われる妻よりも圧倒的に暇な僕の方が多かったからだ。

昨夜は津波の避難勧告を告げる放送が屋外の拡声器から流れたらしい。遅くまで起きていて寝付いたばかりの僕は知らなかったが、妻はその放送で起こされ、一階にいるニコのことが心配になって見に行ったらしい。寂しいのか、音が怖かったのかニコはすっかり甘えたがりになって、匂いつけを繰り返したという。その後、ドアを開けておいたらニコがベッドまできたというのだ。

猫は夜行性の動物だ。昼間寝ているぶんだけ、夜は動き回りたい。しかし、人間の方は夜は眠ることになっている。若い頃は夜に起きて仕事をしたこともあるが、引退してからは、明日を気に病むこともなく、急な呼び出しにあうこともないので、宵の口からちびりちびりと酒を飲み、眠くなってくれば眠るという自堕落な生活ぶり。まあ、起こしてくれたら付き合うに吝かではない。是非、早く一人で二階まで上がってこれるようになって、ドアを引っかいてほしい。いつでも起きるからね、ニコ。