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青玉楼主人日録

仮想の古書店「青玉楼」の店主が、日々の雑感や手に入った新刊、古書の感想をつづります。

「陽のあたる場所」

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連休明けを待って、二週間ぶりに病院を訪れた。皮膚の状態を診てもらったところ、炎症を起こしていたところもきれいになり、「これでよしとしましょう」とお墨付きをもらって帰ってきた。もっとも、薬のほうはあと二週間分出た。先生曰く「とどめの薬」だそうな。一週間に一度耳掃除をするように、と耳掃除の仕方を教えてもらった。カット綿にたっぷり浸した洗浄液を耳の中に絞り込むと、ニコはブルブルッと頭を振って、残りの液をぼくにふりかけた。上手に耳の水抜きをするものだ。

ニコはこのごろ、夜は二階の妻のベッドの上で寝るようになった。寝返りでけとばされないように足もとの隅の方に場所をとり、一晩中眠っている。やっぱりまだぼくのベッドには上がってこない。そのかわり、妻の留守中に書斎でしっかり遊んでやったので、書斎にはよくやってくるようになった。オットマンつきの肘掛け椅子に座って本を読んでいると足もとに寝転がる。左手で頭の上を撫でてやると気持ちよさそうにする。

初めのころは一階のリビングから出ようとしなかったが、このごろは、自分で二階に上がってゆくようになった。どちらかといえば二階で過ごす時間の方が長くなった。昼寝も妻のベッドでする。時間のあるときは妻も添い寝している。ちょっと、うらやましい。

旧街道に面した我が家は東に三間ばかり間口をとり、鰻の寝床状に西に細長くのびた敷地である。北側には路地が通っているが、南にはほとんど隙間がなく隣家が軒を並べている。そのため一階のリビングには朝のうち東の窓から日が差すだけで、日が南に回ると日照がない。夏は涼しくていいが、秋から冬にかけてはちょっとつらい。玄関ホールから階段が二階に通じている、その上に一間幅いっぱいに窓を切り、そこからの光が玄関ホールに落ちるように設計したのはぼくだ。

彼岸の最終日の今日、ニケの墓参りから帰ってくると、ニコは階段の途中で日向ぼっこしていた。玄関ホールや一階の和室、と日の差すところを選んでは、せっせと日向ぼっこをする姿をよく見る。真菌はカビの一種だから、日光浴はいちばんよく効く殺菌方法だ。本能だろうか。それとも、短く切られた毛のせいで日のぬくもりが恋しいからだろうか。どちらにしても、陽を浴びてまどろむ猫の姿は見る者の目を細めさせる。まぶしいという理由だけではない。野生の猫は、上空から襲いかかる猛禽類を恐れている。ニコも家に来た当時は机や椅子の下を選んでもぐっていたものだ。陽を浴びて眠るというのは、そこが安全であることを知っているということを表している。これに目を細めないでいられるだろうか。