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青玉楼主人日録

仮想の古書店「青玉楼」の店主が、日々の雑感や手に入った新刊、古書の感想をつづります。

『その姿の消し方』 堀江敏幸

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久し振りの長篇小説と思って楽しみに読みはじめたが、十三章のそれぞれには表題が付されていて、それぞれが独立した短篇としても読めるようなつくりである。いかにもこの作者の書きそうな独特の気配がしている。給費留学生として渡仏していたおりに見聞きしたことをエッセイ風に書いた小説が評判を呼び、一気に人気小説家となった堀江敏幸だが、フランスを舞台にしたエッセイ風の小説をしばらく書いた後は、エッセイや書評にと手を広げ、日本を舞台にした小説も何篇か書いている。

作家であるからには、小説らしい小説を書くのも悪くはないのだが、この人の持ち味は、よくいえば趣味のよい調度や小物を適宜配した書割の中で、どちらかといえば不活発な人物が、地方の郊外都市なんぞをうろつきまわるうち、印象的な事物に出会い、心のなかに浮かび上がってきたよしなしごとを書きつけた、といった手合いのものがいちばんそれらしい。これといった筋のある、構成のかっちりした物語めいた小説は、他の作家でも間に合う。何も堀江敏幸の手を煩わせることはないのだ。

そんなわけで、愛読者の一人としてはフランスの地方都市を主な舞台にとった今回の作品は、その手法といい、作品世界といい、手ごろな長さといい、長らく待ち焦がれていたものといえる。かつて給費留学生当時、古物商の店で手に入れた、シュルレアリスム詩のような文章が書かれた絵葉書をモチーフに、連想と類推を駆使して、1930年代フランスに暮らした一会計検査官の肖像を描こうという試みである。差出人は、アンドレ・ルーシェ。名宛人は、北仏の工業都市に住むナタリー・ドゥパルドンという女性。

半世紀以上も昔のことだ。美しい書き文字で矩形に収まるように十行きっちりにまとめられた詩篇は、抽象度の高いものだが、アンドレ・ルーシェは有名無名に関わらず、詩人ではなかった。気になった「私」は、古絵葉書を商う店を訪ねては、同じ絵葉書がないか、手がかりを捜し求めるようになる。その探索の経緯が十三の章に描かれる。何年もの時間が経ち、探索行の途中で出会った人々はやがて、懐かしい人となり、便りを通じてその後の様子を知らせあうこととなる。

異国での、人と人との出会いは、この国のそれとはちがって、単刀直入でもあり、それだけに心に残る肌触りを感じるものでもある。クスクスのような料理や、バン・ショーのような飲み物。醗酵臭の強いチーズ。隣の部屋から聞こえてくる祈りのための音楽、といった五感に迫る対象を手際よく配し、フランス人ばかりでなく、アルジェリア人、コンゴー人ら、何かと陰影のある人物像をそつなく描き出す、その手際は相変わらず達者なものだ。しかし、なんといっても中心となるのは、シュルレアリスム風の詩のような文言である。

引き揚げられた木箱の夢
想は千尋の底海の底蒼と
闇の交わる蔀。二五〇年
前のきみがきみの瞳に似
せて吹いた色硝子の瞳を
一杯に詰めて。箱は箱で
なく臓器として群青色の
血をめぐらせながら。波
打つ格子の裏で影を生ま
ない緑の光を捕らえる口

この謎めいた文言を、「私」は読み解いてゆく。何年もたってフランスから送られてきた包みにかけられていた十字の麻紐を見て、一行目の「木箱」というのが、レジスタンス運動に関わっていたルーシェが通信用に使っていた古井戸の中にあった木箱を指すのでは、と思いつく。万事がこの調子だ。確かな手がかりというものはない。故人の知人の昔話を聞きながら、火事を映した静止画のフィルム映像を見ながら、連想の枝を伸ばし伸ばしして、詩を読解してゆく。勿論それは単なる解釈でしかない。しかし、読むという行為は、そういうものである。読者もまた、このテクストを通じて同じような行為をしているわけだ。

ミステリめいた謎を提示しておきながら、謎は最後まで解かれることはない。あれやこれやの解釈が幾通りも示され、次第にひとつの像に結ばれてゆくようにも見えるけれど、半世紀も前のフランスの出来事は、シュルレアリスム風の詩にも似て漠としてつかみどころがない。そうしていかにも覚束ない詩の読解から連想されているものが、戦争であり、レジスタンス運動であり、「私」がかつて携わった日仏の使用済み核燃料移送に関わる書類の翻訳であったり、とふだん声高に物言いすることのない、この作家にはめずらしい政治的な色彩である。

十三章で一区切りをつけただけで、どこまででも書き継いでいけるような、連作短編集の趣が強い長篇小説。「読む」という行為について、どこまでも思索を深めていこうと考える読者には得るところの多い作品である。研ぎ澄まされた文章は、独特の魅力があり、いつまでも味わっていたくなる。一息に読んでしまうのは惜しく、毎日一章ずつ読んでは、続きを楽しみに栞を挟んだ。瀟洒な装丁が心憎い、本を読む愉楽に誘う一冊である。