読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

青玉楼主人日録

仮想の古書店「青玉楼」の店主が、日々の雑感や手に入った新刊、古書の感想をつづります。

『ジャック・リッチーのあの手この手』 ジャック・リッチー

f:id:abraxasm:20160409125514j:plain

ハードボイルド探偵小説の翻訳やミステリ評論で知られ、先頃亡くなった小鷹信光氏の編訳によるジャック・リッチーの短篇集。多方面の雑誌読者に合わせて、ミステリはもちろん、ラブロマンス、SF、怪奇小説、西部劇小説とジャンルを超えた作家であったジャック・リッチーは、洒落た会話、シャープな文体、ひねりを効かせた展開、あっと驚くようなオチ、という技量に優れたアルチザンだった。題名通り、あの手この手の手の内を、謀、迷、戯、驚、怪の五つのパターンに分類し、選び抜いた全二十三篇本邦初訳。これを読まずにすませるという手はない。

はじめに言っておくが、作品が発表されてからかなり時間がたっている。ごく最近の物で八十年代だ。いわば、全篇がグッド・オールド・デイズに属している。そのあたりの何とものんびりとした時代の多幸感のようなものを味わえるだけの心のゆとりがまず必要とされる。ハラハラドキドキしたい、とか思いっきり泣きたいとか、本を読むことに刺激を求めている読者にはとてもお勧めすることはできない。

時間つぶしというと言葉が悪いが、列車を待つ時間だとか、病院の待ち時間だとか、他に何かをするだけの時間はないが、何もしないでいるには長すぎる時間ができたとき、ポケットから取り出し、ぱらぱらとページを繰るのに丁度いいサイズなのだ。短時間で読めて、うーんと唸ったり、あっと声を上げたり、読後思い返して何度も首をひねってみたり、とそんなことを経験させてくれる作家はそうはいない。

小鷹氏による前口上と作品解題が懇切丁寧な上に情報量が半端でないので、詳しくはそちらに任せたいのだが、作品についてふれないですますという訳にもいかない。まずは、ヘンリー・ターンバックルが相棒ラルフと探偵役を務める三篇からいこう。《EQMM》や《ヒッチコック・マガジン》向けに書いた謎解きミステリだが、錚々たるミステリ作家の作品が並ぶ雑誌のなかで読者の注意を引くにはそれなりの工夫がいる。

リッチーがやってくれたのは、自己言及的ミステリとでも言えばいいのだろうか。例を挙げれば、端役が犯人であってはいけないと諭す「ヴァン・ダインの二十則」をはじめとして、ミステリには何かとお約束が多い。その他にも暗黙の了解として、双子が登場すれば入れ替わりを疑わなければいけない、などのように、それまで無数に使われてきたステレオタイプな設定がやたらとある。リッチーはこれをからかうように、ターンバックルに「双子」と「執事」が絡む事件を捜査させ、いちいちそれに文句をつけさせる。謎解きミステリであるのに、それをパロディーにしているところがミソだ。

さらには叙述トリックがある。クリスティの『アクロイド殺し』が特に有名だが、あれほど露骨にやらなくとも、作家がやろうと思えば、読者を欺くことはこんなに容易いのかと唸らされるほど、リッチーの作品には騙される。その一つに英語で書かれている、というのがあるのではないだろうか。日本語だと、会話に年齢差や上下関係その他の不要な情報が入り込むので、その点は訳者泣かせだろう。無駄のない、削ぎ落としたような文体がリッチーのミステリの文体の特徴だ。そのテンポのよい文章のリズムに乗ってサクサクと読まされてしまい、最後であっと言わされる。これは、作品名を挙げればネタバレになるので、あえて名を秘す。絶対驚くはず。

個人的に好きなのが、男女の淡い恋愛感情を描いた都会小説。第三部戯の巻に入っている「ビッグ・トニーの三人娘」と「ポンコツから愛をこめて」。前者は、荒っぽい仕事から成り上がった企業家が年頃の娘三人を嫁がせようとするが、昔のイメージが災いして上手くいかない。腕利きの男を西海岸から呼び寄せ、何とかしようとする話。クライム・ノヴェル風のタッチに騙されるのは、読者だけではない。後者はボーイ・ミーツ・ガール物。夏場だけ観光客でにぎやかになる田舎町の医者が乗り回す自動車に目をとめた観光客の女性と医者の互いに意識しながら強がって見せるやりとりを小気味よく描いている。軽妙洒脱で、ユーモアとウィットが効いた読後感も爽やかな読物になっている。線描に淡い彩色を施したイラスト入りで上質な紙に印刷した雑誌で読みたくなる。もちろん、エンジンは1919年型フォード、ボディは1925年型エセックスの屋根を切り取った1924年型アプロクシメットを中心に。

読者をはぐらかすのが趣味かと思えるジャック・リッチーだが、私立探偵が失踪人を捜すという定番の私立探偵物「金の卵」も、ええっ、まさかそれはないだろう、というオチ。意表をつくという点では同類の「最初の客」はドラッグ・ストアでレジ打ちをする男が客を装った相手にホールド・アップされる話。小鷹氏の言う「オチにいたるまでの完璧かつ用意周到な筆さばき」を堪能するためにも是非再読をお勧めする。

ほのぼのとした味わいが特徴のジャック・リッチーの短篇だが、意外に主人公は孤独である。第五部怪の巻所収の、突き出た顎から「猿男」と呼ばれ、試合で金を貯め、誰にも顔を合わせずにすむ島を買って住もう、と考えているボクサーが、図書館司書と出会う話もその一つ。外見と内面のギャップに悩む男の孤独が心にしみる。助けた小男から約束を三つかなえてやると言われ、二つを無駄にした男が、三つ目をどうするか、という「三つ目の願いごと」、偶然泊まった宿を営むエイリアンから支配人になれと命じられた男が、一度は逃げ出すものの結局戻る「フレディー」にも、独身男の孤独の色が濃い。

巻頭の、殺し屋と執事のやりとりから、いかにもジャック・リッチー的世界に引き込まれる「儲けは山分け」(この邦題は拙い。原題通り「ボディ・チェック」でいい)から、掉尾を飾る、江戸川乱歩人間椅子と読み比べてみたい怪談「ダヴェンポート」まで、一篇といって外れのない傑作揃い。御用とお急ぎのない方は、とくとご賞味あれ。