青玉楼主人日録

仮想の古書店「青玉楼」の店主が、日々の雑感や手に入った新刊、古書の感想をつづります。

『イーヴリン・ウォー傑作短篇集』

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今年2016年は、イーヴリン・ウォー没後50年にあたる。英国でも四十巻をこえる全集が出版され始めたと解説にあるが、日本でもここのところ、各社から出版が相次いでいる。日本ではさほど知られていないが、二十世紀イギリス文学を代表する一人である。吉田健一訳『ブライヅヘッドふたたび』を読んで以来、手に入る邦訳作品は読んできたが、ブラック・ユーモアというのだろうか、毒のある笑いを効かせた作品群には独特の味がある。批評家のセシル・モーリス・バウラは、ウォーの短篇について次のように述べている。

「短篇小説は、ウォ-氏の長篇小説同様、彼自身の苦い経験から生まれている。それらは彼が考え出した、あの特殊なコメディーに属している。そこでは、失敗、挫折、罪の意識、被害妄想、悲しみ、死が滑稽なものになる。彼の書くものに笑わずにいるのは不可能である。また同様に、それらはすべて極度に痛ましく、悲劇的だと感じないのも不可能である」

イーヴリン・ウォーの短篇について論じるならば、この言葉に尽きる。たしかに、どの短篇も笑えるものばかりなのだが、笑っているうちに、なんだか落ち着かなくなってくるのだ。ほんとうに、このまま笑っていていいのか。笑われているのは、ひょっとしたら読者の方ではないのか。作家は自分の書いた本を読んで笑っている読者を、一段上の位置にいて笑っているのではないだろうか、と。

そこに登場する人々はひどく滑稽でいながら、同時に、とても悲しい姿をさらしている。不幸な人を笑うのはまともな者のすることではない。批評家のことばにあるように、多くの作品の素材となっているのは、作家自身の苦い経験である。普通なら、隠しておきたい姿をあえてさらすのは、強い自意識と自分を突き放して見ることのできる批評的精神のなせる業であろう。一方、自分を負の局面に追い込んだ世の中や人に対する悪意や妬み、といったルサンチマンの解放を意図してもいよう。

全部で十五篇。どれも甲乙つけがたい逸品ぞろいだが、作家の経験との関連性がはっきりしているもの、後の長篇に発展したものなどに限って簡単に紹介しておこう。

17、18世紀の英国では良家の子弟が古典教育の仕上げ(今でいう卒業旅行)に長期間イタリアなどの外国に旅行するグランド・ツァーという習わしがあった。大学を中退したヴォーンはある公爵の孫のチューターになって外国に行く話に渡りに船と飛びつくが、うまい話には裏があり、公爵いわく孫は狂人とのこと。儘よとばかりに契約を交わし、一行はロンドンで長旅の支度を整えることに。何日かつきあううちに意気投合した二人だったが、外国旅行はお流れとなる。

一つ目国の話というのがある。一つ目ばかりが住む国にあっては目が二つある人間は化け物扱いを受ける、というあの話だ。「良家の人々」もその伝で行く。酒浸りや乱脈な暮らしぶりによるオックスフォード中退、起死回生を期したイタリアでの仕事の破談もウォー自身の経験による。自殺を試みるほどショックだったらしいが、後に作品のネタにすることで元を取っている。

紅海のホテルで船が出るのを待つ「わたし」は、イギリス人のミシン委託販売員と知り合い、彼の身の上話を聞く。階級差別的視点や目上の者に対する敵対意識を持つ両親に育てられたせいで、その反対の立場をとるようになった男は、相棒に裏切られて事業は破産。妻は他の男と去り、道楽息子には脛をかじられているように「わたし」には見える。だが、不快や不和とは無縁に生きてきた男は、自分をそうは見ていない。究極的なオプティミストが他人にはどう見えているか、という皮肉。世界を旅したウォーらしい、船旅での出会いに材を得た小品「お人好し」。

「アザニア島事件」は長篇『黒いいたずら』と舞台や人物を共有している。いろいろ事件が続出する長篇とは違って、一つの出来事にしぼってひねりの効いた短篇に仕上げている。アフリカ東海岸沖にあるアザニア島では毎日同じ顔ぶればかりで変化に乏しかった。そこに新顔が登場する。石油商人ブルックスの娘プルーネラは気立てのいい美人で、皆が夢中になる。

その娘が山賊に誘拐されるという事件が起きる。本国から記者がやってきたり、莫大な身代金を調達したりと大騒動だったが、交渉は成立。娘は解放され無事に本国に帰る。やがてプルーネラの結婚が報じられる。その相手というのが、なんと島にいた本国からの送金に頼る影の薄い男だった。ストーリーで読まされ、後から巧みなプロットに魅せられる。

「勝った者がみな貰う」も、居たたまれない思いにさせられる一篇。二つ歳の違うジャーヴェイズとトマスはよく似た兄弟だったが、兄は良家の跡継ぎとして寵愛を受け、弟は二男であるというだけでプレゼントから教育機関に至るまでとことん差別を受けて育つ。当時は長子相続制。二男であるということは、長子に何かあるまでいないも同じ。自分の仕事の名誉は横取りされ、果ては結婚相手まで、母親の策謀で兄の物となる。

これもウォーの実体験がもとになっている。ウォーの父は兄を贔屓して、ウォーが欲しいといった自転車を兄の方にプレゼントし、ウォーには文房具という仕打ち。当時の恨み辛みをフィクションという言い訳のもとに鬱憤晴らしをしたのがこの作品だ。大人気ないといえるかも知れないが、まあ、一度読んでご覧なさい。「事実は小説より奇なり」というが、弟に対する母や兄の扱いたるや目に余るものがある。淡々と叙しているだけにかえって哀れさがつのる。

カントリー・ライフを好むイギリス人気質を徹底的に揶揄った「イギリス人の家」。誰もが良しとする善意というものの持つ危うさを皮肉った「ラウデイ氏のちょっとした遠出」。どれもこれもイーヴリン・ウォーでなければこうは書けなかったであろうという傑作短篇集の名に恥じない話が用意されている。これをきっかけにウォーの長篇小説を読んでくれる読者が増えればうれしい