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青玉楼主人日録

仮想の古書店「青玉楼」の店主が、日々の雑感や手に入った新刊、古書の感想をつづります。

『転落の街』上・下 マイクル・コナリー

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<上下二巻を併せての評>

『転落の街』は、ロス市警強盗殺人課刑事ハリー・ボッシュが主人公。下巻カバー裏の惹句に「不朽のハード・ボイルド小説!」のコピーが躍るが、御年60歳で、15歳の娘と同居という設定では、どう転んでもハード・ボイルドになるわけがない。事実、射撃の腕は娘にも負け、視力の衰えや観察力、推理力が以前ほど働かなくなったことを認めてもいる。なにしろ引退を考えるほど自信をなくしかけている。

シリーズ物の作品をはじめから読まずに途中から読むのは厄介だ。キャラクター設定がのみ込めていないし、人間関係にも疎い。それでも、どうにか読めるのは、作家がそのあたりを配慮して、一話完結でも読めるようにしてくれているからだ。年をとり、一度は年金生活者となった主人公が再雇用され、「緊急呼び出しやできたてホヤホヤの殺人事件」を待たない未解決事件班に配属されているところから話がはじまる。

昔は使えなかった技術が可能となり、DNA解析が犯人割り出しの決め手となる。古い事件のDNAが、全米のデータベースに登録されている遺伝子プロファイルに該当し、特定の個人に合致したものをコールド・ヒットと呼ぶ。その報告書をたよりに犯人の身柄を押さえる未解決事件班は、荒っぽい現場に不似合いな年寄りや、血を見るのが苦手な刑事には似つかわしい職場だ。

今回の事件にはおかしな点があった。被害者から採取された血痕のDNAは、性犯罪の逮捕歴を持つペルという男のものだったが、事件発生当時の年齢は八歳。八歳児が十九歳の女性を拉致監禁後レイプし、死体を遺棄できるものだろうか?捜査をはじめるボッシュに呼び出しがかかる。別の事件を担当せよという本部長命令だ。元刑事で今は市議のアーヴィングの息子が昨夜ホテルのバルコニーから転落死した。自殺説を認めない市議はかねてから因縁の仲であるボッシュに白羽の矢を立てたのだ。

互いに関係のない二つの事件の捜査が同時に進行していく。ボッシュは相棒のチューとレイプ殺人事件の犯人を追いながら、アーヴィング・ジュニアの死の真相を追う。警察内部から情報が漏れたり、かつて警察にいながら職場を追われて遺恨を持つ、市議を含む複数の元刑事がからんでいたり、と転落事件は警察と市議会を巻き込む政治的事件の様相を呈してきていた。

冷静で有能なボッシュの捜査や尋問を通して捜査はすすめられてゆく。組織の中の力関係を見すえ、危うい均衡を操りながら動くボッシュの姿は、クライム・ノヴェルの緊張感に溢れている。話の途中にたびたび顔を出しては、鋭い観察眼を披歴する娘のマディとのかけあいも緩急のテンポを生んでいる。性犯罪者相手にセラピーを行う社会復帰訓練施設勤務の女医ハンナとの間にはロマンスさえ生まれ、上巻は地味ながら落ち着いた警察小説の色合いが強い。

転落死したアーヴィングの背中には特徴的な傷跡があり、落下する前に着いたものであることが分かる。床に落ちたボタン、不自然な目覚まし時計の位置、目撃証言、監視カメラの映像を手掛かりに、アーヴィング父子と利害関係のある巡査や元刑事を尋問し事件解決に近づいてゆくボッシュ市議である父の力を利用してロビーストとしてのし上がってきた息子が何故死なねばならなかったのかを追う、こちらのほうの展開はハード・ボイルド調で楽しめるものになっている。

一方、未成年者の拉致監禁、レイプ殺人という陰惨な事件の解決は、ハンナがセラピーを担当するペルの記憶にかかっていた。母の情人によって虐待を繰り返された少年は、満足に学校にも通えず過酷な人生をたどるうちに、かつての被害者が今は加害者になっていた。救いようのない事案は、それにかかわるハンナとボッシュの関係にも影を落とす。未成年者のからんだ性犯罪というモチーフは、どう扱っても後味が悪い。ノワールに猟奇事件を持ち込むのはそろそろ止したらどうだろうか。

二つの事件が最後にどうからんでくるのかという興味があったのだが、DNAの二重螺旋構造よろしく、結局二つは最後まで交差することはない。どんでん返しに慣れすぎて、普通の解決の仕方では裏切られた気がするのだが、これは無理な注文というものだろう。ただ、転落死の解決は、動機が弱い。美人妻はハード・ボイルドでは謎を解くカギというのが定番。せっかく美しい妻を登場させておきながら出番が少ない。ハード・ボイルド色を薄めてしまった原因だろう。

かつてのパートナーが出世して上官になっていたり、現在のパートナーとの関係に齟齬が生まれたり、と警察小説ならではの人間関係を基軸としたサイド・ストーリーが、小説に厚みをもたらしている。惜しむらくは読後にスッキリ感がない。巧緻なプロットで有名な作家が二重螺旋構造というアイデアに固執し、二つの事件を同時に扱おうとしたところに無理があったのでは。一粒で二度美味しい、というキャラメルのように甘くはなかったというところか。