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青玉楼主人日録

仮想の古書店「青玉楼」の店主が、日々の雑感や手に入った新刊、古書の感想をつづります。

『特捜部Q Pからのメッセージ』ユッシ・エーズラ・オールスン

書評

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シリーズ第三作にして最高傑作、という評は嘘ではない。過去に起きた未可決事件を再捜査することに特化された部署である特捜部Q。部員は警部補カール・マークとその助手でシリア人のアサド。それに、今回から仲間に加わるローセという女性警官の三人。リーマンショックのせいでデンマーク警察にも改革の波が押し寄せ、恒常的に人手不足でただでさえ忙しい市警だが、地下室にアスベスト疑惑まで発生し、休暇明けのカールを襲う。

今回扱うことになる過去の事件は誘拐殺人事件。事の発端は、デンマーク北部にある海辺の町で漁師の網にひっかっかったガラス瓶の中に入っていた手紙だ。気になった地元の刑事が机の上に置いたまま長年放置され、結露のせいで判読不能なまでに劣化しているが、「助けて」という文字と、Pで始まる署名は、まさしく血で書かれていた。カールはどうせいたずらだと相手にしないが、アサドとローセは真剣だ。

カット・バックの手法により、カールはもちろんのこと、犯人と被害者、双方の関係者という複数の視点が交互に切り替えられ、追う者と追われる者の両方の立場からテンポよく話は進んでいく。今は警察の食堂で働く腕利きの元鑑識官が有力な手掛かりを発見してくれたり、新人のローセがすごい集中力の持ち主で、何時間もかけて手紙の文面を判読したり、と相変わらず好運に恵まれすぎな気がするが、そんな些末なことにこだわっていては、このシリーズは楽しめない。

本編では現在進行中の誘拐事件が犯人側の視点でつづられる。少年時に厳格な宗教家の父によって虐待されて育った犯人は、それをなぞるように新興宗教を熱心に信仰し、身代金を支払うことのできる程度に裕福な家族を狙っては犯行を繰り返す。ポイントは、兄弟の多い家族をターゲットにすることだ。兄弟二人を誘拐し、警察には内緒で身代金を用意し、言われた列車に乗り、合図のあった地点で窓からバッグを投げるように命じる。

エド・マクベインの『キングの身代金』を原作にした黒澤明の『天国と地獄』にも出てくるお馴染みの手法だ。特異なのは、子どもを二人誘拐する点と目標を新興宗教集団に属するメンバーに限ることだ。金を手に入れた犯人は、兄弟のうち一人を解放し、一人は殺す。警察に訴えたらいつでも残りの子を殺すぞ、という脅しだ。閉鎖的で排他的な集団の中では、子どもの姿が消えても、信仰心が足りないので他所へ預けたなどという言い訳が通用する。

犯人は、自分の経験から彼らの習性を熟知している。徹底的に相手をリサーチし、集団の中に入り込み、好機を狙って犯行に及ぶ。人心掌握に熟達し、変装もうまい。いくつもの変名を駆使し、人に知られない私生活も送っている。犯人の過去を知ると、若干の同情の余地はあるものの徹底的なサイコパスであることはまちがいない。しかも、軍隊その他であらゆる訓練を受けており、容易に素顔を他人にさらすことはない。

この難敵を追うカールだが、相手の完璧な防備に対し、あまりにもガードが甘い。身辺整理が全然できていないのだ。まずは、男にふられるとカールの家に帰りたがる別居中の妻がいる。同居中の義理の息子の学業の心配もある。おまけに全身麻痺の元の相棒ハーディを自宅で介護中だ。特捜部では新人のローセの奇矯な振舞いに悩まされ、カウンセラーのモーナのことが頭から離れない。つまり、探偵役としてはあまりにもお荷物を抱えすぎている。

それなのに、何が幸いしてか、アサドの慧眼によって別の事件は解決に向かうし、誘拐事件の方も、少しずつ網は絞られ、犯人に近づいていく。カールは、アサドやローセに、捜査するべきことを告げるだけ。二人の超人的な働きで、出会うべき人物の名前がわかり、出かけるべき場所が明らかになる。このシリーズが他の警察小説やクライム・ノヴェルと異なるのは、他の作品の探偵役に比べて主人公のカールが、突出して有能ではないことだ。

助手やアシスタントの活躍もあって事件は解決するが、ハーディが全身麻痺になった事件は未解決のままだ。シリーズが進む中で、謎はかえって深まり、アサドの正体はいよいよ怪しくなる。カールが本領を発揮するのは、まだまだ先のことになりそうだ。特捜部Qシリーズは、カールを中心とする人物群の騒がしいスラップスティック劇と、救いようのない陰惨な過去を持つ犯罪者の特異な心理をあざといくらいに対比的に描くことで読者の心を鷲づかみにする。フィヨルドや湖沼といった北欧ならではの景観も物語に興を添える。多分次回作も読むことになるだろう。