青玉楼主人日録

仮想の古書店「青玉楼」の店主が、日々の雑感や手に入った新刊、古書の感想をつづります。

『ブルーバード、ブルーバード』アッティカ・ロック

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輸入盤で手に入れたミシシッピジョン・ハートのレコードを擦り切れるまで聴いてフィンガー・ピッキングをコピーしていた頃を思い出した。『ブルーバード、ブルーバード』というタイトルは、ブルースの名曲から採られている。事実、文中にはライトニン・ホプキンスやジョン・リー・フッカーの名前がたびたび出てくるし、主要な舞台となる、ラークというテキサスの田舎町にある掘っ立て小屋みたいなカフェ<ジェニーヴァ・スイーツ・スイーツ>では、いつもブルースがかかっている。

面白いのは、ハイウェイ五九号線を挟んだ向かいには、プア・ホワイトが集まってくる<ジェフの酒場>があり、そこでは、カントリー・ミュージックがガンガンかかっているというところだ。つまり、道路をはさんで黒人が安心して足を運べる店とレイシストの巣になっている白人専用の酒場とがにらみ合っている構図だ。奇妙なのは、<ジェフの酒場>のオーナーであるウォリーが、毎日のようにジェニーヴァの店に顔を出すことだ。店を売れというのが名目だが、どうやらそれだけでもなさそうに見える。

テキサス・レンジャーのダレンは、家の管理を任せている老人が絡む殺人事件の裁判に巻き込まれ、レンジャーを停職中。レンジャーの仕事を快く思っていない妻のリサとも別居中である。そんなとき、友人でFBIヒューストン支局の捜査官グレッグから、ラークで起きた事件の捜査を内密に依頼される。道路沿いのカフェの裏に広がるアトヤック・バイユーで立て続けに黒人男と白人女の死体が見つかった。グレッグの話では人種がらみの事件らしい。ダレンは愛用のピック・アップ・トラックをシェルビー郡まで走らせる。

オバマ大統領が誕生した時には、これで人種差別も解消に向かうかと希望を持った人々もいたが、トランプ政権発足により、事態は逆戻り。地方では、白人至上主義者の活動が活発化し、人種間の軋轢は以前より悪化していた。言い忘れたが、ダレンをはじめ主たる登場人物は黒人である。テキサス・レンジャーに黒人はめずらしいが、ダレンの伯父がその道を切り拓いた。ロー・スクール出身のダレンはもともと弁護士を目指していたが、ある事件をきっかけにレンジャー入りを決めた。リサとの不和はそれが原因になっていた。

白人の勢力が強いテキサスだが、自分たちの力で商売をしたり、農園を経営したりして成功した黒人は、その地にとどまり続けた。一方で、才覚のない貧乏白人たちは、地道に働いて資産を得た黒人層を嫉み、執拗な嫌がらせをすることで、鬱憤を晴らしていた。それが、今では白人至上主義者がギャング団を組織するところまで来ており、ダレンは気を揉んでいた。黒人男と白人女の相次ぐ死には、黒人男が白人女とつきあうことを憎む者たちの仕業を匂わすものがあった。ただ、男の死体が先に発見されるのは異例で、それが気になった。

ブルースとカントリー、黒人と白人という図式的な対比の構図をとりながら、妻に拒否される夫と夫に拒否される妻、という相似的な構図が用意されている。黒人の被害者マイケルは、シカゴで弁護士をしていた。その死を知って駆けつけたランディは有名な写真家で、家を空けてばかりいることが原因で夫との関係が壊れていた。ダレンとランディは置かれた立場こそ違え、冷えた夫婦関係を作った元凶という似通った境遇にある。事件を追う中で共に行動することで二人の関係がどうなるのかというロマンスの観点も加味されている。

必ずしもフーダニットが主眼ではなく、謎を追うダレンの前に、もつれにもつれ、からまりあう黒人と白人をともに包む大きな憎悪を孕む人間関係の相関図が広がってくる。現在の事件は単独で解決されるものではなく、その裏に隠されていた過去の未解決の事件が浮かび上がってくる。互いに敵対視し、憎悪しあう間柄であっても、男女間には愛が芽生えることもある。周囲に歓迎されることのない愛ではあっても、愛し合えば子どももできる。

白人と黒人の間にある桎梏と、そんなものに左右されることのない愛の交歓とが亀裂を生み、やがては殺人に至る原因となる。人を殺すことが、単に憎悪からではなく愛ゆえに起きることがあるのは知っている。人の感情というものはそんなに単純なものではない。それが悲劇の連鎖を生むのだ。夫と息子の墓参りをするジェニーヴァの場面からはじまるのには訳があった。若いジェニーヴァと、ひとりのブルース・ギタリストとの恋が、幾人もの人々の人生を狂わせてしまう契機になっている。

ハイウェイ五九号線に沿って延びるバイユー・カントリーを舞台に、黒人と白人との愛と憎悪の相剋を、ブルースの名曲をバックに、鎮魂の曲を奏でる『ブルーバード、ブルーバード』。安っぽい正義感や、男の生き様などというありきたりな解釈を寄せ付けない異人種間の熾烈な愛憎劇を犯罪捜査にからませながら、人間という存在のどうしようもない哀しさと、それでもなお愛するに足る姿を、上滑りすることなく真摯に追い求めたミステリ、というより、アメリカで黒人として生きることの緊張感を鋭く見つめた、読ませる小説である。