青玉楼主人日録

仮想の古書店「青玉楼」の店主が、日々の雑感や手に入った新刊、古書の感想をつづります。

経年劣化

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自分のことではない。少し前まで痛かった右肘も、いつの間にか痛みは感じなくなっていた。ただの使い痛みだったらしい。その痛みがとれるのに時間がかかるあたりが経年劣化だと言われれば、その通りなのだが。
走行中窓を開けようとしてパワーウィンドウのスイッチを手探りしたとき、指先がネバネバしたものにあたるのを感じた。停車してあらためて見てみるとスイッチではなく、そのまわりのパネルの表面が軟化していた。強く押すと指のあとが残り、そのまま引くとネトネトしたものがくっついてくる。
よくよく見てみると、エアコンのスイッチ表面も同じ状態である。あわてて、ネットで検索をかけてみると、147に限らずイタリア車にはよくあることらしい。マットブラックのプラスチックの表面を覆う皮膜状の物質が経年劣化してネトネトになるらしい。誰もが困るらしく、いろいろな方法で試した例がネット上に溢れていた。いちばん効果的な方法は、スイッチパネルを取り外し、キッチンハイターをうすめた液の中に5分ほど浸けておくというものだが、外すときに上手くやらないとツメを折る危険性があるらしい。男性化粧品に付いているフェイスタオルでごしごしこするというのもあるが、数時間かかるというから力仕事だ。
キッチンハイターが手近になかったので、ものは試しに持ちだしたのが、台所用洗剤である。少量を綿棒の先につけ、はしっこの方をこすってみると、白い泡状になり、その泡の下からマットブラックの層が現れたではないか。きれいな方の綿棒で泡状になった部分をこすり取ると黒い油脂状のものがつく。こすっては拭い、こすっては拭いを繰り返すこと小一時間。パネル表面にあったネバネバしたものはすっかりなくなってしまった。
ここでやめとけばよかったのだが、同じく経年劣化が始まっていたドア・グリップが目にとまったのがいけなかった。試しに綿棒でこすってみると、表面上のグレイがかった皮膜が剥がれ黒い層が現れた。初めは綿棒でやっていたのだが、なにしろ表面積が大きい。つい、横着心が頭をもたげ、洗剤をつけたタオルを水で濡らして一気に勝負に出た。これがみごと裏目に。ぬるぬるした洗剤をタオルで落とそうとすると、表面を覆っていた物質が中途半端に溶け、前よりネバネバになってしまった。そのネバネバしたところにタオルの繊維が付着し、悲惨な状態に。乾いたタオルをグリップに巻き付け、背中を洗うように力任せにこすると、タオルのあたる部分はきれいになったが、端の方には繊維が以前付いたままである。家に帰ってガムテープを持ち出し、粘着面をあてるも効果なし。初心にかえって、原液を綿棒につけてこすりはじめた。これだと、ネバネバがとれていく。「急がば回れ」というのは本当だ、と思い知った。
助手席には手を出さずにおいた。触れることが少ない分、劣化もゆるやかに進んでいる。どうしようもなくなったら、また綿棒の出番がくるだろう。それまでは左右非対称には目をつぶることにした。作業が終わってしばらくしたら、右手の人差し指の爪と親指の付け根がズキズキしだしたからだ。使い痛みがとれにくいという、自分の方の経年劣化を忘れていた。