青玉楼主人日録

仮想の古書店「青玉楼」の店主が、日々の雑感や手に入った新刊、古書の感想をつづります。

『誰がパロミノ・モレーロを殺したか』 マリオ・バルガス=リョサ

誰がパロミノ・モレーロを殺したか (ラテンアメリカ文学選集 6)
「若い男がイナゴマメの老木に吊るされ、同時に串刺しにされていた。」
書き出しからハードボイルドタッチである。主人公というか、探偵の助手でワトソン役をつとめる警官の名が、リトゥーマ。代表作の一つ『緑の家』にも登場するピウラ出身の若者なのだ。つまり、この作品は『緑の家』を本編とする「スピンオフ」にあたる。

リョサが、それまでの重厚なリアリズムの作風を変化させた時期に書かれた作品で、エンタテインメントに近づいたタッチで書かれている。砂漠の町や海岸線を舞台に、権力を振りかざす空軍大佐とその娘がからむ殺人事件を探偵役の警部補が解決するという筋立ては、チャンドラーの書くフィリップ・マーロウものを思い出させる。

ちがうのは、探偵役が一匹狼の私立探偵ではなく、二人の警官コンビになっていること。コナン・ドイルがホームズとワトソンというコンビを発明して以来、読者の目線で事件を見るワトソン役は、ミステリになくてはならない存在である。そのワトソン役にリトゥーマというのは、リョサの愛読者向けのサービスだろう。

しかも、このコンビなかなか相性がいい。片時もサングラスを放さないシルバ警部補は女にもてそうな風采なのに、太った年増の料理女にぞっこんで、亭主の留守に夜這いをかけたり水浴び姿をのぞいたりする好き者ときている。リトゥーマは、そんな警部補にあきれながらも、憎めないものを感じていて、どこに行くときもはなれない。けれども、女の趣味は別として、警部補の人間観察力はかなりのもので、権力をかさに威圧にかかる空軍大佐相手に一歩も退かない。このシルバ警部補の人物造型が魅力的だ。リトゥーマでなくとも好きになってしまう。

事件の謎はミステリファンならだいたい想像がつく設定になっている。それがつまらないという人には、この本はすすめられない。ミステリの一ジャンルに「捕物帖」という形式がある。形式はミステリながら、読者の楽しみは謎解きにはない。江戸の市井に住まう人々の人情や四季折々の風物をたっぷり味わうのがお目当てだ。この作品もペルー北端部のピウラやタラーラといった田舎町を背景に白人と混血、軍部の将校と兵隊、お偉方と庶民といった相容れない人種や階級間におこるひずみから生じる事件を題材に、警官コンビのユーモアに溢れた会話や村に一台しかないタクシーの運転手や料理女の亭主である老漁師などとのやりとりを楽しむのがほんとうだろう。

実際のところリョサの作品の中で、これほどシンプルな構成と主題を併せ持った作品はめずらしい。喜劇的なタッチで描かれるシルバ警部補とリトゥーマの醸し出すほのぼのとしたあたたかみと、事件の背後にあるものが垣間見せる冷え冷えとした人間関係の対比が鮮やかで、この作品の印象を陰影の濃いものにしている。

事件は解決されるのだが、その結末はほの苦いユーモアにまぶされながら一抹の哀感を漂わせて終わる。凸凹コンビのドタバタ劇が挿入される中間部は別としても、発端と終末は、紛れもないハード・ボイルドタッチに仕上げられている。ノーベル賞作家の手すさびと見る見方もあるだろうが、この味わいはちょっと他にかえがたい。二人のコンビものの続編を読みたいと思うのは評者一人だろうか。