青玉楼主人日録

仮想の古書店「青玉楼」の店主が、日々の雑感や手に入った新刊、古書の感想をつづります。

『洋食屋から歩いて5分』 片岡義男

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いきつけの喫茶店に入って、いつもの席につきコーヒーを飲む。日常の何気ない、けれどそれがきまりになっているらしい律儀さで、ほぼ毎日のルーティン・ワークになっている。そんな店で飲むいつものコーヒーのような味わいの一冊である。

エッセイ集と呼ぶのだろう。短いものなら四ページほどの散文が33篇集められている。いくつかの雑誌に求められて書いた作家本人の登場する小説のような作品から、少年時の回想、食べ物に関するちょっとしたこだわりなど、日常の身辺雑記にあたる文章は、どの作品にも片岡義男という商品タグが付されているような、いつものスタイルで統一されている。

たとえば深煎りコーヒー。たとえば、秋のはじまりであるはずなのに厳しい残暑の中で人とばったり出会い、洋食屋だったり喫茶店だったり、もしくは居酒屋に入って何かを食べ、いかにも訳知り通しらしい会話を交わす。そんな中から小説やエッセイのタイトルに使えそうなしゃれた文句を拾い出す。最近ではそれに俳句が加わった。

スタイルがほとんど変わらないのは自分にキャパシティがないからだ、という作家の言葉に膝を打った。たしかに変わるためにはキャパシティが必要だ。「ワープロのキーを爪弾いている」などという他の作家なら絶対やりそうにない用語法も、この人だと許せる気がする。気の向くまま、たまたま開いたページを拾い読みするような読み方にぴったりの本だ。散歩のときなど持ち歩いて公園のベンチなどで読むといいのではないか。