『ナイチンゲールは夜に歌う』ジョン・クロウリー
短篇集と呼ぶには、少し長めの二作を間に挿んで、天地創造神話をクロウリー流にアレンジした日本語版の表題作「ナイチンゲールは夜に歌う」と、作家が昼間のバーでアイデアを練る姿をスケッチしてみせる英語版表題作「ノヴェルティ」の四作で構成される、クロウリー六作目にして編まれたオリジナル作品集。デビュー作から『エンジン・サマー』までの三作を刊行したダブルデイ社だからか、初期のSF的作風にもどったような作品集になっている。バンタム社から出た『リトル、ビッグ』で、ジョン・クロウリーのファンになった読者には様子がちがって感じられるかもしれない。
幻想文学大賞ノヴェラ部門受賞作「時の偉業」が読ませる。ジャンルとしては、タイム・パラドックス物のSFにあたるのだろうが、六篇の連作短篇としても読める作品のなかには、あえてSFと名のらなくても、と思えるものもある。タイム・マシンの設定を借りずとも「さまよえるユダヤ人」のように、時空をこえて出現する運命を背負った人間という主題は、多くの作品のなかにある。あえて、タイム・マシンを使ったところにSF作家として出発した作家のこだわりがあるのかもしれない。
時間航行が派生させる難問(パラドックス)のいくつかを、手際よく回避してみせる「カスパー・ラストのただ一度の旅」が、この年代記(クロニクル)の書き出しに選ばれたのは、アメリカ人読者への挨拶のようなものか、もしかしたら、単にタイム・マシンの設定を持ち出すための言い訳に、以前に書いて没にしてあった原稿を再利用したのかもしれない。明らかに英国や英国領アフリカを舞台にした他の作品とは色調がちがって明るく軽い。
デニス・ウィンターセットというオックスフォード出身の植民地官僚を主人公とする歴史上に残る一挿話を扱った連作が本編。ローデシアという国名の由来となった英国人政治家セシル・ローズの活躍と失脚は大英帝国が版図を広げていった時代を象徴するものだが、その陰にあって大英帝国のために働く<異胞団>(アザーフッド)という結社があった。ローズ好みの青年であることから、その結社に見込まれた主人公はある仕事を頼まれる。史上のある時点における決定が、その後の歴史を変えることがある。その歴史上の転換点に、必要な人材を送り込むことができたら、歴史は思うように操ることができる。その結社が歴史を改変するたびに起こす微妙な変化が積み重なり、その後の世界は信じられない姿に変わってしまう。それを案じた主人公は、ある決定を下すのだったが…。
歴史上に実在する人物の史実に沿いながら、自在に物語を紡ぐという試みは、作家という人たちには耐えられない悦びをもたらすものらしい。洋の東西を問わず、この試みに手を染めた作家は数知れない。歴史上の人物を描く場合、いかにもその人らしい逸話のなかに作家ならではの創意を凝らす必要がある。セシル・ローズが、ある年頃の青年を好んだという伝聞を生かした展開はよく考えられている。アフリカの自然を取り込んだ情景描写もまた素晴らしい。
悼尾を飾る「ノヴェルティ」の舞台となっているバー&グリル「セブンス・セイント」は、『リトル、ビッグ』でオーベロンがシルヴィーと酒を飲む店である。スモーキィがシティで仕事にしていた、電話帳を読んでコンピュータのバグを見つけるエピソードにあった、コンピュータはセイント(聖人)と、ストリートの略語である“St.”の見分けが付かず、勝手に「7丁目のバー」を「第七聖人のバー」にしてしまう、というギャグを実際に使っている。ファン・サーヴィスでもあるし、作家自身の遊びでもある。作家が小説のアイデアをしぼり出す秘密を教えてくれる点で作家志望の読者にはこたえられない一篇。他にディストピア物SF「青衣」を含む。