青玉楼主人日録

仮想の古書店「青玉楼」の店主が、日々の雑感や手に入った新刊、古書の感想をつづります。

『11月に去りし者』ルー・バーニー

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フランク・ギドリーはニュー・オリンズを牛耳るマフィアのボス、カルロス・マルチェロの組織の幹部。一九六三年、カルロス・マルチェロとくれば、ケネディ暗殺事件がからんでくる。ジェイムズ・エルロイの「アンダーワールドU.S.Aシリーズ」でお馴染みの名前だ。オズワルドではない真の狙撃手の逃走用の車、スカイブルーのキャデラック・エルドラドをダラスの現場近くまで運んだのがギドリーだった。

暗殺事件が起きるまで、ギドリーは何も知らされていなかった。関係者が次々と殺される中、ギドリーは自分も消されようとしていることに気づく。ダラスでエルドラドを始末したその足でバスに乗り、行方をくらます。車を手に入れ、ラスヴェガスの犯罪組織のボス、ビッグ・エド・ツィンゲルを頼って西に向かう。テキサス州グッドナイトでカルロスの息がかかった保安官に逮捕されるが、持ち前の機転を利かして辛くも難を逃れる。 

同じ頃、オクラホマのシャーロットは<Don't think twice, it's all right>の歌に誘われるように子ども二人を連れて家を出ようとしていた。酒飲みの亭主との生活に疲れ、自分と二人の娘の新しい生活を夢見ていた。夫が飲みに出かけたすきに荷物をまとめ、ロサンジェルスの叔母を頼って車で出かける。途中で事故を起こして車を修理中、モーテルでフランクと出会う。ギドリーは、自分の情報がばら撒かれていると知り、シャーロットに近づき、家族連れを装うことに成功する。

カルロスに雇われ、フランクを追う殺し屋がポール・バローネケネディ暗殺の秘密を知る者を次々と手にかけてゆくが、手に深手を負う。傷口を縫ったメキシコ人医者のせいで感染症に罹り、ハンドルが握れないバローネは街角で拾った黒人の少年に車を運転させる。高熱で気絶したバローネのために医者を呼ぶのもセオドアだ。非情の殺し屋とぶっきら棒な黒人少年の取り合わせが、いい味を出している。

逃げる者と追う者、巻き込まれる女、三者三様の思惑が縒りあわされるように一つの物語を構成している。クライム・ノヴェルとしては、二人の腹の探り合い、相手を如何に出し抜き先手を取るか、という暗闘が見せ場。直接対決は最後にあるが、意外な幕切れに終わる。それよりも、この手の小説には珍しく、恋愛に重点が置かれていることだ。女など何人も相手にしてきた暗黒街の男がオクラホマから出てきた主婦にここまで入れあげるとは。

鍵は二人の交わす会話にある。夫の前では自分を見失っていたシャーロットが、フランク相手だと実に生き生きと会話をこなす。フランクは外見より、この当意即妙の会話に引きつけられているふしがある。それに、ジョアンとローズマリー姉妹の存在が大きい。フランクには、少年時代、父親の暴力から生き延びるために、仲のよかった妹を見捨てて家を出た過去があった。フランクにとって二人は妹の替わりだ。彼は姉妹をグランド・キャニオンに連れてゆく。

いくら豪華な家に住み、金と女に不自由しない暮らしをしていても所詮は裏稼業。頭が切れ、人扱いに優れていても、ボスがマフィアでは禄でもない仕事を回される。しかもこの世界に裏切りはつきもので、一数先は闇。作中、ダンテの『神曲』と聖書の引用がやたらと出てくるが、これはフランクの日常が地獄めぐりであることの隠喩である。運命的に出会ったシャーロットこそはフランクのベアトリーチェなのだ。

シャーロットは、前夫の悔悛の電話や、叔母の迷惑そうな口調に心揺れるが、その都度前を向いて進む道をとる。彼女の視点でこの小説を読めば、狭い田舎で若くして身ごもり、世間の口を怖れて結婚生活に逃げ込んだ女が、自分のアイデンティティを取り戻すための戦いを記すストーリーなのだ。シャーロットにべた惚れのフランクは、エドが手配してくれたヴェトナム行きにシャーロットと娘たちを誘う。シャーロットの心は揺れる。

バローネという刺客が担当するパートが最もノワール色が濃い。人を殺すことなど何とも思っていない。手で触れたものが金になる王のように、この男の手にかかると人は死体に変わる。バローネに人間らしさを感じさせるのが、黒人の少年セオドアとのやり取り。その間だけ人間的に見える。もう一つ死神が人間らしさを感じさせるのが感染症による高熱との戦い。立っているのが不思議なくらいの状態でじりじりと相手を追い詰めていく、その凄み。

それぞれの世界で自分の生き方を貫こうとして必死に生きる三人の姿が鮮烈に目を射る。フランクは無事アメリカを脱出できるのか。バローネがその前にフランクを仕留めるのか。シャーロットは本当にフランクと生きるのか。最後の最後まで事態はもつれにもつれる。まるでメロドラマのような展開にハラハラドキドキさせられること請け合い。

原題は<November Road>。異なる世界に生きる男と女が、それぞれの理由で今いる世界から逃げ出す。その路上で偶然に邂逅し、行動をともにするうちに、まるで運命のように恋に落ちる。その恋の顛末を描く、ラブ・ストーリーであり、追う者と追われる者の相剋を描いたクライム・ノヴェルであり、歴としたロード・ノヴェルでもある。『11月に去りし者』という表題は、この小説には寂しすぎる。『十一月の道』ではいけなかったのだろうか。