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青玉楼主人日録

仮想の古書店「青玉楼」の店主が、日々の雑感や手に入った新刊、古書の感想をつづります。

『すごいジャズには理由がある』岡田暁生+フィリップ・ストレンジ

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「音楽学者とジャズ・ピアニストの対話」という副題どおりの本。ビバップからフリー・ジャズまでの代表的なミュージシャンを取り上げて、そのどこがジャズとして「すごい」のかを説き明かすというもの。冒頭から譜例やらコードネームやらが頻出するので、初心者にはとっつきにくく思われるかもしれないが、詳しく知りたい人にはYou Tubeに関連動画があり、著者の一人であるフィリップ・ストレンジ氏が実際にピアノを弾きながら解説してくれている。

誰それのジャズが好き、でもそのどこがすごいのかはよく分からない、という人はけっこういるのではないだろうか。かくいう評者もその一人である。数多ある名曲名盤のなかで、なぜその人のその演奏が自分にとって他の演奏者のものとはちがって聴こえるのか、素人には分かりにくいところだ。ジャズに関して書かれた本は多いが、ジャズメンたちの奇矯な逸話や録音時のエピソード、実際に耳で聴き目で見た演奏時の様子といった情報に終始し、音楽それ自体について詳しく論じたものは割と少ない。

ジャズの定義を問われたビル・エヴァンズは「ジャズとは一分の曲を一分で作曲することだ」と言ったそうだが、同じ曲名でも、演奏者が異なれば、全くちがった曲に聴こえるのがジャズだ。アドリブの即興性にこそ、ジャズの本質がある。この本の特徴は、一人ひとりのプレイヤーの創り出す音楽を構造的にとらえているところだ。選び抜かれたのはアート・テイタムチャーリー・パーカーマイルズ・デイヴィスオーネット・コールマンジョン・コルトレーン、それにビル・エヴァンズの六人。

本を書くに至った意図の意義はわかるが、音楽を言葉で説明するのは、やはり隔靴掻痒の感が強い。譜面が読める素養のある読者は別だが、一般の読者にとって正直読んだだけではよく分からない、というのがほんとうのところ。読んでいてよく分かるのは、「彼らビバップのピアニストの発想は、右手がサックスで、左手が伴奏のイメージなんですね」といったところや、「アート・テイタムのピアノのモデルはオーケストラです。(略)彼は両手を四声で考える。右手の小指がメロディ(ソプラノ)、右手の親指がアルト、左手の親指がテナー、左手の小指がベース」といった具体的な解説だ。

個人の逸話からは距離を置いたつもりでも、やはりジャズメンに楽屋話は欠かせないようだ。白人ということで、コルトレーンがビル・エヴァンズをいじめたとか、マイルズが(ジョークかいじめか)エヴァンズに、「オレのバンドには昔からの伝統がある。新入りは必ずメンバー全員にオーラル・セックスをするんだ。どうだ、オマエにできるか?」と尋ねた時、エヴァンズが時間をとって考えて「それは無理だと思います」と答えた。それ以来マイルズはエヴァンズに一目置くようになったとか。マイルズという人は音楽的にはともかく、人間としては、かなりエキセントリックな人のようだ。

そのマイルズがオスカー・ピーターソンが大嫌いだった理由。「ある和音進行が出てくると、よく同じパターンで処理してしまう。曲と全然関係ない、自分のパターンの展覧会」だから。キース・ジャレットは「指のパターンから逃げたい」と言っている。指のパターンでやったのでは音楽にならないからだ。人間的にはどうあれ、こと音楽に関しては、マイルズは厳しかったようで安心した。

ストレンジ氏の実演と解説のほかに、関連する曲のリストがネットに上げられている。こちらの方はただの愛好家にもお勧めできる。マイルズ・デイヴィスストックホルム・ライブにおけるコルトレーンの渾身のソロが、ワン・クリックで聴けるなんて、すごい時代が来たものだ。伝説的なピアニスト、アート・テイタムの超絶のピアノ・テクニックもここで聴ける。本と一緒に愉しんでもらいたい。