青玉楼主人日録

仮想の古書店「青玉楼」の店主が、日々の雑感や手に入った新刊、古書の感想をつづります。

2015-10-01から1ヶ月間の記事一覧

『べつの言葉で』 ジュンパ・ラヒリ

『停電の夜に』で、衝撃的なデビューを果たした後も、『その名にちなんで』、『見知らぬ場所』と確実にヒットを飛ばし、つい最近は『低地』で、その成長ぶりを見せつけていたジュンパ・ラヒリ。その彼女がアメリカを捨て、ローマに居を構えていたことを、こ…

『情事の終り』 グレアム・グリーン

第二次世界大戦中のロンドン。作家のモーリス・ベンドリクスは官吏のことを書いた小説の取材のため、パーティーで知り合ったばかりのヘンリ・マイルズの妻、セアラに近づく。しきりと夫のことを知りたがる小説家に好感を抱いたセアラと、文学や映画について…

『アフター・レイン』 ウィリアム・トレヴァー

いずれも甲乙つけがたい、虚飾を廃した文と余分なものを一切削ぎ落とした構成で仕上げられた短篇が十二編。短篇の名手の名に恥じない傑作短篇集である。惜しむらくは程度の差こそあれ、四人の訳者による翻訳が、それに見合っていないことだ。車や酒の訳語が…

『ユニヴァーサル野球協会』 ロバート・クーヴァー

「ヘンリーは、興奮のあまりからからに乾いた唇をなめながらパイオニア・パークの上空の太陽を目を細めて見ると、腕時計に目をやった。ほぼ一一時。そろそろディスキンの店が閉まる頃だ。そこで、ヘンリーは、この七回に慣例の、地元の観客たちの背伸びタイ…

『ある夢想者の肖像』 スティーヴン・ミルハウザー

ミルハウザーの愛読者にとっては長年の渇を癒す、待望の長篇第二作(1977年)の翻訳。しかも翻訳は柴田元幸氏である。何をおいても手にとらないわけにはいかない。そう勢い込んで読んでみたのだが、ちょっと様子がちがう。夏の月夜の徘徊、自動人形、雪景色…

『マルトク 特別協力者 警視庁公安部外事二課 ソトニ』 竹内明

マルトク(特別協力者)とは、「公安警察が、主に敵対するスパイ組織や犯罪組織の内部に獲得し、運用する、特殊な情報提供者」のことである。平たく言えば二重スパイのことだろう。公安がそういう人種を運用するなら、敵も同じことをするにちがいない。つい…

『心の死』 エリザベス・ボウエン

時代は二つの大戦間。リージェント・パークを臨むウィンザーテラスにはアナとトマス夫妻が住んでいた。アパー・ミドルに属する二人の館には、アナ目当ての男たちが毎日のように訪れていたが、トマスはあまり客を喜ばず一階の書斎で過ごすのが常だった。そん…

「家に居ます」

昼間は入院して静脈点滴、夜は外泊許可をもらって我が家で寝ていたニコ。連休中は先生が東京出張ということもあり、点滴の管をはずしてもらって家に帰ってきている。検査の数値だが、黄疸の方は確実に下がってきているが、ステロイド投与によって肝臓の数値…

『死を忘れるな』 ミュリエル・スパーク

ほとんどの登場人物が七十歳をこえている。こういう用語があるかどうかは知らないが、いうならば「老人」小説。わが国にも川端康成の『眠れる美女』や谷崎の『瘋癲老人日記』といった立派な老人小説が存在するが、ミュリエル・スパークのそれは、特異な性癖…

「入院」

病院から帰ってきてから、どうも食欲がない。いつもなら時間はかかっても最後には食べきるカリカリに、鼻を寄せるだけでそっぽを向いてしまう。トイレも小はするが大が出ない。便秘を心配した妻が、ネットで調べ、サツマイモを潰したのや無糖のヨーグルトを…

『地球の中心までトンネルを掘る』 ケヴィン・ウィルソン

短篇小説というのは、雑誌などに他のいろいろな記事に交じって掲載されることが多い。短い頁数の間で読者に何がしかの感興を抱かせなくてはならない。書き出しにつまづいたら読者は放り出し、次の記事に目を移す。うだうだと御託を並べたてる暇はないのだ。…