青玉楼主人日録

仮想の古書店「青玉楼」の店主が、日々の雑感や手に入った新刊、古書の感想をつづります。

2014-11-01から1ヶ月間の記事一覧

『スウィム・トゥー・バーズにて』 フラン・オブライエン

伝説的な現代小説でありながら、ジョイスの陰になり、陽の目を見ることのなかったフラン・オブライエンの代表作がやっと単独で刊行されたことをまず喜びたい。文章の難易度から言えば、同時期に発表されたジョイスの『フィネガンズ・ウェイク』より、よほど…

『暗いブティック通り』パトリック・モディアノ

「すぐれた現代小説はしばしば推理小説的構造をとる」という説があるらしい。「私は何者でもない。その夕方、キャフェのテラスに坐った、ただの仄白いシルエットに過ぎなかった。雨が止むのを待っていたのだった。ユットと別れた時に降りはじめた夕立だ」と…

『変愛小説集』岸本佐知子編訳

最近、日本版が刊行されたばかりの『変愛小説集』。オリジナルの方は翻訳家である岸本佐知子が自分の好きな海外短篇を毎月一篇、選んで訳し『群像』に連載したものを単行本にしたもの。翻訳家が訳すべき作品を自分で選べるというのは、多分楽しいことなんだ…

『献灯使』多和田葉子

これを読んで、面白かった、といったら不謹慎だと怒られるだろうか。近未来の日本を舞台にしたディストピア小説である、などと紹介すると、そこいらにあるSF小説みたいだが、震災と、それに起因する原発事故を受けた後のこの国で作家に何が書けるのか、とい…

『サーカスが通る』パトリック・モディアノ

久しぶりに小説らしい小説を読んだ。でもないか。どちらかといえば、シネコンがハリウッド映画や邦画アニメで占領される前、街角の小さな映画館で観たフランス映画に再会したような感じだ。今年ノーベル文学賞を受賞したパトリック・モディアノ、十五作目の…

『すごいジャズには理由がある』岡田暁生+フィリップ・ストレンジ

「音楽学者とジャズ・ピアニストの対話」という副題どおりの本。ビバップからフリー・ジャズまでの代表的なミュージシャンを取り上げて、そのどこがジャズとして「すごい」のかを説き明かすというもの。冒頭から譜例やらコードネームやらが頻出するので、初…

『ノワール』ロバート・クーヴァー

「君は死体保管所にいる。そこの照明は不気味だ」という書き出しの一節からも窺えるように、全編を通してヌーヴォー・ロマンを思わせる二人称視点で書かれたハードボイルド小説。ハードボイルド小説を二人称視点で書くという試み自体が、すでに慣れ親しんだ…

『背乗り』竹内 明

筒見慶太郎は元警視庁公安外事二課係長。八年前、上の命令を無視して捜査を強行し、危うく国際問題を引き起こしかけた件で公安を追われ、今はニューヨークにある日本国総領事館の警備対策官。中国に対する人権外交を謳い滞米中の外務大臣黒崎がホテルで倒れ…

『天国の囚人』カルロス・ルイス・サフォン

内戦終了後間もない1957年のクリスマスを目前に控えたバルセロナ、旧市街にある「センベーレと息子書店」を訪れたのは、古臭い仕立ての黒い背広を着て杖を突いた年寄りだった。猛禽を思わせる目をした男は鍵つきの書棚から『モンテ・クリスト伯』を選ぶと、…

『黒い瞳のブロンド』ベンジャミン・ブラック

チャンドラーの創作ノートに未発表作品の題名としてリストアップされていた“The Black-Eyed Blonde”(稲葉明雄訳は「殴られたブロンド」)をちゃっかり拝借して書かれた、あの『ロング・グッドバイ』の「公認続篇」だそうだ。作家は疾うに亡くなっているのに…

『重力の虹』トマス・ピンチョン

決して読みやすくはない。それに長いし。旧訳にあった日本語として明らかにおかしい部分は直っているように思うものの、新訳だからといって特に読みやすくはなっていない。もともと原文を知らないので、訳について言及するのは避けておくが、欄外の註につい…

『ボビー・フィッシャーを探して』フレッド・ウェイツキン

ボビー・フィッシャーの名前が日本のメディアを騒がしたのは、2004年7月14日のこと。ながらく行方をくらましていたボビーが成田から出国しようとして入国管理官に身柄を拘束された事件だった。伝説的なチェス・プレイヤーでありながら、何かとトラブルを巻き…

『セロニアス・モンクのいた風景』村上春樹

変な話だが、この本、セロニアス・モンクの音楽を聴いたことがない人が読んでも、かなりいけるのじゃないかと思う。まあ、全くジャズに不案内という人にはおすすめしないけれど。というのも、おそらく、おおかたの村上ファンは手にとるだろうし、手にとらな…