青玉楼主人日録

仮想の古書店「青玉楼」の店主が、日々の雑感や手に入った新刊、古書の感想をつづります。

2013-01-01から1年間の記事一覧

『書楼弔堂 破曉』京極夏彦

うらやましいような身分である。労咳を疑い、妻子を残して家を出たものの、実は風邪をこじらしただけで、恢復後もせっかく借りたのだからと、そのまま賄いつきの田舎家に独り暮らし。御一新以来四民平等とはいえ、もとは旗本高遠家の嫡男。少しばかりなら蓄…

『黄金の盃』ヘンリー・ジェイムズ

表題の「黄金の盃」とは、作品冒頭に登場し、後半のヤマ場に再登場する水晶でできた大振りの杯に鍍金を施した品である。見かけは豪華でいかにも贈り物にふさわしい品に見えるのだが、かすかにひびが入っているため何かの拍子に落としでもすれば、そこから割…

『使者たち』ヘンリー・ジェイムズ

ヘンリー・ジェイムズの代表作であり、「二十世紀文学の巨峰」とも称される長篇小説である。晦渋で難解なことで知られるヘンリー・ジェイムズの小説だが、読み始めてすぐに意外にも読みやすいという印象を受けた。一年にわたって毎月雑誌に連載されたため、…

『鳩の翼』ヘンリー・ジェイムズ

さすがに時代がかっている。美しく賢いが、家柄や財産のない若い女が、おのれの財産であるところの美貌と知性をつかって、社交界の仲間入りを果たし、財産を手にした上で、やはり、美男子で人好きはするが財産のない青年と結婚するために、策略の限りを尽く…

『作者を出せ!』デイヴィッド・ロッジ

原題は“ Author, Author ” 。つまり『作者、作者』の意味で、劇の幕が下りて拍手が鳴り止まず、カーテン・コールに作者の登壇を呼びかける観客の掛け声。もっとも、それがブーイングの声といっしょにかかるときは、「作者を出せ!」つまり、「責任者出て来い…

『沈むフランシス』松家仁之

『火山のふもとで』で鮮烈なデビューを果たした松家仁之待望の第二作。期待にたがわぬ出来映え、といいたいところなのだが、前作に比べると、よくできた小品という印象が強い。相変わらず叙述の技巧は冴えわたり、読む快感を堪能できる仕上がりなのだが、前…

『絶倫の人』デイヴィッド・ロッジ

ジェローム・K・ジェローム、イーヴリン・ウォーの系譜に連なる英国滑稽小説の名手デイヴィッド・ロッジの手になる伝奇小説ならぬ伝記小説。しかし、名うてのロッジの手にかかる人物が、『タイムマシン』、『透明人間』などのSF小説作家として知られるあ…

『空腹の技法』ポール・オースター

作家オースター誕生以前に書かれたエッセイ、翻訳書につけた序文、『ムーン・パレス』、『偶然の音楽』発表時のインタビューを併せた雑文集。分類上は「エッセイ」とされているが、オースターが自ら選んだ作家や作品、詩人についての批評である。カフカやベ…

『移動祝祭日』ヘミングウェイ

「もし幸運にも、若者の頃、パリで暮らすことができたなら、その後の人生をどこですごそうとも、パリはついてくる。パリは移動祝祭日だからだ」という、ヘミングウェイ自身の言葉が題辞として付されている。見慣れないタイトルは、この言葉からとられたらし…

『孤独の発明』ポール・オースター

すべてはここから始まる。詩と翻訳から作家活動をはじめたオースター初の散文作品。『孤独の発明』は二部構成。第一部は、自分の父について書かれた「見え ない人間の肖像」。これは、一種の人物描写エッセイ(ポルトレ)と考えればいいだろう。第二部は、偶…

『名もなき人たちのテーブル』マイケル・オンダーチェ

人は、いつ何をきっかけにして大人になるのだろうか。マイケルは11歳。セイロン(今のスリランカ)のコロンボから二つの大洋を越えてイギリスに向かう汽船の客となる。幼い頃に分かれた母親がイギリスの港で待っているはずだ。たった一人で三週間の船旅を…

『トゥルー・ストーリーズ』ポール・オースター

「ほかに何を学ばなかったとしても、長い年月のなかで私もこれだけは学んだ。すなわち、ポケットに鉛筆があるなら、いつの日かそれを使いたい気持ちに駆られる可能性は大いにある。自分の子どもたちに好んで語るとおり、そうやって私は作家になったのである。…

『リヴァイアサン』ポール・オースター

「世界は彼のまわりで変わってしまっていた。利己主義と不寛容、力こそ正義と信じて疑わぬ愚かしいアメリカ至上主義、といった昨今の風土にあって、サックス の意見は奇妙にとげとげしく説教臭いものに聞こえた。右翼がいたるところで力を得ているだけでも十…

『幽霊たち』ポール・オースター

クエンティン・タランティーノに『レザボア・ドッグズ』という映画がある。それぞれ相手を知らないで呼び集められた犯罪者集団はお互いを色の名前で呼び合う。ブラックという名前が人気で、みんながその名をほしがったというのがギャグになっていたのを覚え…

『鍵のかかった部屋』ポール・オースター

作家オースターの礎を築いた、『ガラスの街』、『幽霊たち』に続くニュー・ヨーク三部作の掉尾を飾る長篇小説。探偵小説の枠組みを借りて、「不在の人物を めぐる依頼を引き受け」た主人公が、探偵役となって謎を追うという構成は前二作と共通している。通常…

『ティンブクトゥ』ポール・オースター

トンブクトゥという地名なら以前から知っていた。泥を支柱に塗り重ね、日干し状にして建てられた城のようなモスクのある、西アフリカ、マリ共和国の 砂漠の都市。黄金郷との噂もあり、ヨーロッパ人にとっては、地の果てにある夢の国のように想像されていたと…

『偶然の音楽』ポール・オースター

「まる一年のあいだ、彼はひたすら車を走らせ、アメリカじゅうを行ったり来たりしながら金がなくなるのを待った。こんな暮らしがここまで長く続くとは思っていなかったが、次々にいろんなことがあって、自分に何が起きているのかが見えてきたころには、もう…

『ムーン・パレス』ポール・オースター

「それは人類がはじめて月を歩いた夏だった」という書き出しから、作品の舞台になっているのが1969年と分かる。主人公はボストン生まれのM・S・フォッグ。早くに母を亡くし伯父と暮らしていたが、四年前にコロンビア大学で学ぶためニュー・ヨークにやって…

『最後の物たちの国で』ポール・オースター

1900年代初頭に売り出されたピアス・アローを「黒塗りの半世紀前の自動車」と主人公が手紙に書いていることからみても、この話が近未来を舞台にしたSF小説ではないことが分かる。たしかに設定はどこまでも極端で、食料は勿論のこと、生活していく上での様…

『オラクル・ナイト』ポール・オースター

アントワーヌ・ガランがオリジナルの『千一夜物語』に滑り込ませた『アラジンと魔法のランプ』は、舞台が中国になっていた。『オラクル・ナイト』で「魔法のランプ」にあたるのが、主人公がニュー・ヨークの街を散歩中「ペーパー・パレス」という見かけない…

『幻影の書』ポール・オースター

妻子を事故で亡くした男が喪失感と罪障感に苛まれ自暴自棄になってしまうが、何かの仕事をすることで、そこから立ち直ってゆく姿を執拗に描き続けることは、ポール・オースターにとって、オブセッションなのだろうか。二番煎じ、三番煎じと言われることは分…

『ガラスの街』ポール・オースター

「そもそものはじまりは間違い電話だった」という、いかにもミステリーという書き出し。主人公ダニエル・クインは三十五歳。詩や評論を書いていたが、妻子を亡くしてからというもの文学的野心を見失い、今は匿名でミステリーを書いて暮らしている。世間と隔…

『ドゥルーズの哲学原理』國分功一郎

当時、知的ジャーゴン扱いされていた『アンチ・オイディプス』を、東京に出張した際買い求め、宿舎で読み始めて当惑したのを思い出す。仮寝の伴にな るような手合いではなかったからだ。それにも懲りずに、『千のプラトー』、『差異と反復』、『哲学とは何か…

『新編バベルの図書館6』

『新編バベルの図書館』も、この巻をもって完結する。第六巻は、「ラテンアメリカ・中国・アラビア編」。ラテンアメリカ編にはルゴーネスにはじまる「ラプラタ幻想文学」派を網羅したアルゼンチン短篇集と、そのルゴーネスとボルヘスから数編の短篇を収める…

『本屋図鑑』

小さい頃、歯医者に行くのを嫌がって、よくだだをこねた。そんな時、帰りに本を買ってあげるからという条件つきで歯医者に行った記憶がある。歯医者のある通りから一本隣の古いアーケード街にある本屋で買ってもらったのは漫画の単行本で、なぜか力士の伝記…

『孤児の物語Ⅱ』キャサリン・M・ヴァレンテ

本作「硬貨と香料の都にて」は、夜毎スルタンの庭園で女童が童子に語る『孤児の物語』二部作の後半、完結編にあたる。できるものなら第一巻から読まれることをお勧めする。未来のスルタンである童子は、姉の皇女ディナルザドの監視を逃れ、森に続く庭園で両…

『アヴィニョン五重奏Ⅰムッシュー』ロレンス・ダレル

五つの小説はいつも誰かの死を告げる知らせからはじまるのだろうか。本作では、友人ピエールの死を知らされたブルースが思い出の地アヴィニョンに向 かう。ピエール・ド・ノガレは、ブルース・ドレクセルの無二の親友にして、妻のシルヴィーはピエールの妹で…

『アヴィニョン五重奏Ⅱリヴィア』ロレンス・ダレル

ロレンス・ダレルには、『アレクサンドリア四重奏』という代表作がある。一冊ごとに独立した小説として読める四篇の小説が、それぞれのパートをつとめることで、四篇を重ね合わせて読むと、単独で読んだ時とはちがって、一段と厚みのある作品世界が現れてく…

『旅立つ理由』旦 敬介

パステルカラーにぬり分けられた家並みや、陽盛りの路地にできたわずかばかりの日陰の椅子で飲む生温かいミント茶、親しげにすり寄ってきては、何かとものを売りつけようとする少年たち。ピレネーをこえた異郷の旅がなつかしくよみがえってくる。町の書店で…

『孤児』ファン・ホセ・サエール

ホセ・ルイス・ブサニチェ著『アルゼンチンの歴史』(1959)のなかに、フランシスコ・デル・プエルトなる人物に関する次のような記述がある。「一五一五年、ファン・ディアス・デ・ソリスの率いるインディアス探検船団に見習い水夫として雇われたこの男…