青玉楼主人日録

仮想の古書店「青玉楼」の店主が、日々の雑感や手に入った新刊、古書の感想をつづります。

2015-04-01から1ヶ月間の記事一覧

『ナイン・ストーリーズ』 J.D.サリンジャー

ジョアンナ・ラコフの『サリンジャーと過ごした日々』を読んで、久し振りにサリンジャーが読みたくなった。書棚を探すと黄ばんだ新潮文庫版の『ナイン・ストーリーズ』(野崎 孝訳)が見つかった。自分で購った記憶がないから妻の持ち物だろう。たしか柴田元…

『吉田健一』 長谷川郁夫

美しい本である。その内容だけでなく、造本・装丁もふくめて、本というものを愛していた吉田健一もきっと喜ぶにちがいない。ミディアム・グレイの背に清水崑描くところの氏の横顔を配した下に、金字で書名を横書きにし、英語のサインが付されている。著者名…

『サリンジャーと過ごした日々』 ジョアンナ・ラコフ

恋人と別れ、留学先のロンドンから故郷に戻ったジョアンナは、ニュー・ヨークの出版エージェンシーで働き始める。仕事は、ボスがディクタフォンに録音した手紙をタイプすること。それとジェリー宛に届く手紙に定型文の返事を書いて出すことだった。採用にあ…

『やちまた』下 足立巻一

下巻は春庭の主著のうち、自動詞、他動詞について考えを述べた「詞の通路」についての記述からはじまる。文法論のこととて国語学に詳しくないものには少々難しい。それよりも、著者の身辺雑記のほうが、読者としてはよほど興味が湧く。同じ家を借りて自炊生…

『やちまた』上 足立巻一

「丘の文庫」は、昔のままにたっていた。案内を請うと車椅子に乗った館員は、「おそらくその文庫はこの建物でしょう。当時のままで残っているのは、この建物とそこに見える赤い壁の書庫だけです」と説明した後で、閲覧室に誘った。真新しい机と椅子は最近の…

『古事記』 池澤夏樹訳

この本、どこかで読んだことがある。そんな気がした。内容ではない。見かけのほうだ。読みやすい大き目の活字で組まれた本文の下に、小さなポイントの太字ゴチック体の見出しに続いて明朝体で脚注が付されている。丸谷才一他訳による集英社版『ユリシーズ』…

『堀辰雄 福永武彦 中村真一郎』

同名のアニメですっかり有名になってしまった『風立ちぬ』でなく、「かげろうの日記」とその続篇「ほととぎす」を採ったのは、大胆な新訳が売りの日本文学全集という編者の意図するところだろう。解説で全集を編む方針を丸谷才一の提唱するモダニズムの原理…

『赤毛のハンラハンと葦間の風』 W.B.イェイツ

アイルランド文芸復興運動の盟主W.B.イェイツ描くところの伝説的な放浪詩人、赤毛のハンラハンの物語と詩集『葦間の風』より十八篇の詩を選び一巻本とした袖珍本である。古風な見かけに相応しく、収められた物語も詩もおおどかで、古雅な趣きを伝えている。…

『日夏耿之介の世界』 井村君江

思いもかけぬところで、日夏耿之介の名を目にすることがある。この間も『教皇ヒュアキントス』という新刊書の訳者あとがきで、芥川から日夏に原著者に関する本が贈られた挿話が記されていた。こんなところにも、と感じ入ったことであった。一般には難解な漢…

『教皇ヒュアキントス』 ヴァーノン・リー

またしてもブロンツィーノ描くところの「ルクレッツィア・パンチャティキの肖像」の登場である。ヘンリー・ジェイムズ著『鳩の翼』のヒロインのモデルにもなった緋色のドレスに身を包んだ女性像は、余程当時の男性の心を虜にしたにちがいない。筆名は男性名…

『幻島はるかなり』 紀田順一郎

「どこの家の戸棚にも骸骨がしまってある」というイギリスのことわざではじまる。因みに「骸骨」とは、人に知られたくない家の秘密や内情を指し、殺人や幽霊話のことではない。日本に幻想・怪奇文学の伝統を根づかせた評論家・作家紀田順一郎の回想録である…