青玉楼主人日録

仮想の古書店「青玉楼」の店主が、日々の雑感や手に入った新刊、古書の感想をつづります。

書評

『カリフォルニアの炎』ドン・ウィンズロウ 東江一紀 訳

「火事があって、死者が出た」と電話。ジャック・ウェイドはカリフォルニア火災生命の火災査定人。現場にはすでにオレンジ郡保安局火災調査官が到着済み。「ウォトカと寝煙草」と得意の<失火>説を唱えるベントリー。元同僚だが、わけあって二人は互いを嫌…

『高く孤独な道を行け』ドン・ウィンズロウ 東江一紀 訳

浮浪児あがりの青年が、育ての親が見つけてくる簡単な仕事を引きうけては、いつのまにか大事件に巻き込まれる、というお馴染みのシリーズ第三作。第一作はイギリス、第二作は中国と世界を股にかけてきたが、今回はアメリカに戻る。だが、地元ニューヨークで…

『仏陀の鏡への道』ドン・ウィンズロウ 東江一紀 訳

この痛快さはどこから来るのだろう。国家のイデオロギーや指導者の大局観などとは一切無縁。一人の青年の美しい女性に寄せるひたむきな愛が、成就されることもなく、そうとしか有り得なかった結果を引き出す爽快ともいえる空しさにあるのかもしれない。生粋…

『友達と親戚』エリザベス・ボウエン 太田良子訳

第一次世界大戦は終わったが、次の大戦がすぐそこまできている、そんな時代のイギリスが舞台。ジェーン・オースティンでおなじみの姉妹の結婚問題が主たる話題。コッツウォルズの西の方チェルトナムに、ローレルとジャネットという姉妹が住んでいた。父はコ…

『フリント船長がまだいい人だったころ』ニック・ダイベック 田中 文 訳

スティーヴンソンの『宝島』に出てくる「フリント船長」が題名に取られているところから分かるように、主人公は十四歳の少年である。時は一九八七年、合衆国北西部ワシントン州にあるロイヤルティ・アイランドという漁師町が舞台。町の男たちは大半が漁師で…

『ブリーディング・エッジ』トマス・ピンチョン 佐藤良明+栩木玲子 訳

原題は<BLEEDING EDGE>。辞書によれば「技術などが開発最先端の(テスト段階にある、試作的な、アルファ版の)通例、安全性・実用性などが十分に確認されていないもの」を指すらしい。作中にコンピュータおたく二人が開発した「ディープ・アーチャー」とい…

『台北プライベートアイ』紀蔚然 船山むつみ 訳

原題は<Private Eyes>。私立探偵を表す「プライベートアイ」はふつう<Private Eye>と単数扱いだ。語り手は別の説を挙げているが、あまり説得力があるとは言えない。小説の終わりに、主人公である呉誠(ウー・チェン)の手助けをするタクシー運転手が、正…

『シブヤで目覚めて』アンナ・ツィマ 阿部賢一 須藤輝彦 訳

一口に言えば、夭折により作品数が極めて少ないマイナー・ポエットの未発表原稿をめぐる探索行。いうところのビブリオ・ミステリである。本に関する蘊蓄が熱く語られるのが、この手の作品の常道で、そういう衒学趣味的な部分を愛する読者には喜ばれるにちが…

『祖国』上・下 フェルナンド・アラムブル 木村裕美訳

<上・下巻併せての評です> ピレネー山脈の両麓に位置してビスケー湾に面し、フランスとスペイン両国に跨がるバスク地方。古くから独自の言語、バスク語を話す民族が暮らす土地だが、現在は国境によって北はフランス領、南はスペイン領に分断される形になっ…

『過ぎにし夏、マーズ・ヒルで』エリザベス・ハンド 市田 泉 訳

世界幻想文学大賞受賞作である中篇三篇、ネビュラ賞を受賞した短篇一篇を収録したエリザベス・ハンドの傑作選である。ネビュラ賞とあるからには、ジャンル的にはSFに括れるのだろう。その分野にあまり詳しくないのは確かだが、それにしても、どれも今まで知…

『複眼人』呉明益 小栗山智 訳

海の上をぷかぷか浮きながら漂う島といえば、我々の世代は『ひょっこりひょうたん島』を思い出すが、時代が変われば、物事は変わるものだ。近頃では廃プラスチックが寄り集まってできたゴミが島となって漂う。「二〇〇六年ごろネットで、太平洋にゆっくりと…

『泡』松家仁之

薫は東京の私立男子校に通う高校二年生。学校が休みになる八月の一か月間、紀伊半島にある砂里浜(さりはま)という漁師町で暮らすことになった。どうにも学校に足が向かなくなったのだ。特にいじめにあった、というのではない。生理的嫌悪感に似たもので、…

『平凡すぎる犠牲者』レイフ・GW・ペーション 久山葉子 訳

「チビデブ」で、仕事には不熱心。口にこそしないが、内心では差別意識丸出しで他人をけなし続け、当然ながら自己評価はめちゃくちゃ高い。ところが、なぜか最後にはきまって事件を解決してしまう。こんな適当な人物が主人公を務める謎解きミステリ、読んだ…

『壊れた世界の者たちよ』ドン・ウィンズロウ 田口俊樹 訳

ドン・ウィンズロウの最新作は意外なことに中篇集。しかも、全六篇のどれも少しずつタッチが異なるところがうれしい。『犬の力』にはじまるメキシコ麻薬戦争三部作は、おそらく作家の代表作となるのだろうが、実録小説風の『犬の力』や『ザ・カルテル』がド…

『フランキー・マシーンの冬』ドン・ウィンズロウ 東江一紀 訳

<上下巻併せての評です> 「自分流に生きるのは骨が折れる」これが書き出し。実にその通り。できるなら、人に合わせ、時流に合わせて生きていくのが楽に決まっている。でも、それができない人間がいる。フランク・マシアーノがそうだった。コーヒーの淹れ方…

『われらのゲーム』ジョン・ル・カレ 村上博基 訳

元英国情報部出身で、数々の名作を生みだし、スパイ小説というジャンルを確立したジョン・ル・カレが昨年十二月に亡くなった。つい最近『スパイはいまも謀略の地に』を読んで、その健在ぶりに目を見張ったばかりだったのに。もうこれで、彼の新作を読む機会…

『ストーンサークルの殺人』M・W・クレイヴン 東野さやか 訳

イングランド北西部カンブリア州はなだらかな丘陵や山の多い地域。厳しい冬が過ぎ、春の日差しに露に濡れた芝とヘザーが輝いている。この地方独特の石壁の修復に一日を費やしたワシントン・ポーは天然石づくりの屋敷つきの小農場、ハードウィック・クロフト…

『ネヴァー・ゲーム』ジェフリー・ディーヴァー 池田真紀子・訳

ミステリの世界には、いろんな刑事や探偵がごろごろしている。新しい主人公を考える作家も大変だ。四肢麻痺で首から下が動かせない、リンカーン・ライムは画期的だったが、さすがに、行動に制約が多すぎて作家の方にもストレスがかかったのか、今度の主人公…

『私はゼブラ』アザリーン・ヴァンデアフリートオルーミ 木原義彦訳

ゼブラ(シマウマ)というのは本名ではない。父が死んだ時、木立ちを透いて棺の上に光が指して縞を作った。それを見て強烈なメッセージを受けた主人公が咄嗟に発したのが「私の名はゼブラ」という言葉だった。それ以来、彼女はゼブラを自称することになる。…

『指差す標識の事例』上・下 イーアン・ペアーズ 池 央耿 東江一紀 宮脇孝雄 日暮雅通 訳

<上・下巻併せての評です> 時は一六六三年三月。王政復古から三年がたち、イングランドは落ち着きを取り戻しつつあった。ヴェネツィアの貿易商の息子でライデン留学中のマルコ・ダ・コーラは、家業に持ち上がった騒動の対策のため、英国に到着した。ところ…

『言語の七番目の機能』ローラン・ビネ 高橋啓訳

評を書くときには、読者がその本を読む気になるかどうかを決める際の利便を考慮し、どんなジャンルの本かをまず初めに伝えるようにしているのだが、本書についてはどう紹介したらいいのか正直なところ悩ましい。シャーロック・ホームズ張りの推理力を発揮す…

『これは小説ではない』デイヴィッド・マークソン 木原善彦訳

シュルレアリスムの画家、ルネ・マグリットの画に「これはパイプではない」というのがある。紛れもなくパイプを描いた絵の下に、「これはパイプではない」と書かれているところに面白みがあるのだが、書かれていることはまちがっていない。『ウィトゲンシュ…

『アウグストゥス』ジョン・ウィリアムズ 布施由紀子訳

ジョン・ウィリアムズは長篇小説を四冊書いているが、一作目は自己の設けた基準に達しておらず、自作にカウントしていない。二作目が『ブッチャーズ・クロッシング』。三作目が第一回翻訳小説大賞読者賞を受賞した『ストーナー』。『アウグストゥス』は、そ…

『狼の領域』C・J・ボックス 野口百合子訳

やはり、ジョー・ピケットは容易に人の入り込めない深い山中にいるのが何よりも似つかわしい。普通の場所では、この男の魅力は引き立たない。今回はワイオミング州南部のシエラマドレ山脈が舞台。その頃、ボウ・ハンターが射止めた獲物のところに駆けつける…

『鷹の王』C・J・ボックス 野口百合子訳

ワイオミング州の猟区管理官ジョー・ピケットを主人公とするシリーズのいわばスピン・オフ。もちろんジョーも活躍するが、この作品の主人公はジョーではない。シリーズの多くの作品で主人公を助ける強力な相棒、ネイト・ロマノウスキが真の主人公だ。元特殊…

『ラスト・ストーリーズ』ウィリアム・トレヴァー 栩木伸明訳

ウィリアム・トレヴァーの絶筆「ミセス・クラスソープ」を含む、文字通り最後の短篇集。トレヴァーのファンなら誰でもすぐに手に取って読もうとするはずだから、こんな駄文を弄する必要もない。だからといって、初めての読者にぜひ読んでほしいと勧めようと…

『死んだレモン』フィン・ベル

原題は<Dead Lemons>だから、邦題はほぼ直訳。辞書で引くと<lemon>には「できそこない、欠陥品」の意味がある。色と香りは抜群なのに、かじると酸っぱいからだろうか。レモンにしてみれば、とんだ言いがかりだ。<dead>には「まるっきり、すっかり」の…

『発火点』C・J・ボックス

コロラド州デンヴァ―にある環境保護局第八地区本部から、二人の特別捜査官が、ある件に関わる裁定文書をワイオミングまで届けに行くところから話は始まる。途中シャイアンの町で、陸軍工兵隊員の男と待ち合わせるが、男は二人が銃を携行していることに驚き、…

『スパイはいまも謀略の地に』ジョン・ル・カレ

ジョン・ル・カレは、映画にもなった『寒い国から帰ってきたスパイ』、『ティンカー、テイラー、ソルジャー、スパイ』(邦題『裏切りのサーカス』)、『誰よりも狙われた男』等々、数々の傑作をものしてきたスパイ小説の大家である。作家になる前は英国諜報…

『ホーム・ラン』スティーヴン・ミルハウザー

二〇一五年に刊行されたスティーヴン・ミルハウザーの短篇集<Voices in the Night>。何でも大きくて長いのが好きなアメリカでは短篇集でさえ厚い。日本でそれを訳すとなると、二分冊にするしか手はない。『ホーム・ラン』はその二冊の一冊目。残りは同じ訳…