青玉楼主人日録

仮想の古書店「青玉楼」の店主が、日々の雑感や手に入った新刊、古書の感想をつづります。

『ブリーディング・エッジ』トマス・ピンチョン 佐藤良明+栩木玲子 訳

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原題は<BLEEDING EDGE>。辞書によれば「技術などが開発最先端の(テスト段階にある、試作的な、アルファ版の)通例、安全性・実用性などが十分に確認されていないもの」を指すらしい。作中にコンピュータおたく二人が開発した「ディープ・アーチャー」というサイバー・スペースが登場する。いまだライセンス化されていない試作段階のサイバー空間には、それなりの腕を持つハッカーなら誰でも侵入可能で、各々が好き勝手なことをし放題の状態にある。つまり、「ブリーディング・エッジ」は、まだ知られぬ能力を持つハッカーたちの草刈り場にもなるわけだ。

あの、トマス・ピンチョンの最新作である。前作『LAヴァイス』で、サンダル履きのヒッピーくずれを探偵にしたかと思ったら、今度は二人の子持ちのシングル・マザーを探偵役に起用している。しかも今回は本物の私立探偵ではない。投資関係の不正処理を暴く、本人いうところの「帳簿係」だ。人の好いのが災いして、信用してはいけない人物の口車にのせられた挙句、資格を剝奪され、今は「非公認会計不正検査士」を名乗っている。それでも腕が立つからか、あっちこっちからひっきりなしに依頼の電話がかかってくる。

そんなマキシーンのオフィスに、以前クルーズ船で知り合ったドキュメンタリー映像作家のレッジが現れる。ある会社に仕事を依頼されたが、実際仕事にかかってみると、かなりヤバそうな会社なので調べてほしい、というのだ。その会社というのが、新興IT長者のゲイブリエル・アイスが興した「ハッシュスリンガーズ」。調べてみると、誰に訊いてもいい評判が返ってこない、いわくつきの会社だった。

時は二〇〇一年、場所は前作のロサンジェルスから一転して、ニューヨーク。ここまで書いたら、生粋のニューヨーカーならずとも思い当たる。物語が始まるのは春分の日。運命の九月十一日まであと半年足らず。物語の背景にワールドトレードセンターのツイン・タワーが暗い影を落としている。あの同時多発テロイスラム過激派によるものでなく、アメリカによる自作自演だったという説は、早くから囁かれていた。では、いよいよピンチョンが満を持して、お得意のパラノイア的想像力を駆使してその解明にあたるのか?

いやいや早まるでない。ハンドバッグにベレッタを忍ばせることはあっても、マキシーンはただの会計不正検査士。大規模犯罪を暴くにはあまりにも非力だ。物語の基本的な枠組みは、あくまでも悪徳企業で働く一人のエンジニアの死の背景を追う、ハードボイルド小説のそれだ。しかるに、マキシーンは薄汚れた都会を彷徨う孤高のヒーロー、なんかじゃない。二人の子の学校への送り迎えもしなければならないし、ママ友と女子会したり、両親の家を訪ねたりもしなけりゃならない。いたってドメスティックな役回りなのだ。

面白いのは、全盛期を過ぎたとはいえ、ルックスもスタイルもかなりイケてる三十代女性が探偵役となると、周りに集まってくる男の対応が、男の探偵の時とは違ってくる。イタリア系の投資家ロッキー、ロシア系の顔役イゴールをはじめとして、普通なら敵側に回りそうな面子が、みなマキシーンに力を貸すから愉快だ。そんな大物たちや、足フェチの天才ハッカー少年エリックの力を借りて、マキシーンが立ち向かう当面の敵は、ゲイブリエル・アイス。この男をめぐる金の一部が中東その他に流れ、闇のプロジェクトに使われているらしい。その上前をはねた男が殺されたところから事件は動き出す。

ジョン・レノンが殺された現場に建つダコタ・ハウスがモデルとされる、屋上にプールのあるビルだとか、モントーク岬にアイスが建築中の別荘の地下にある使途不明の巨大空間だとかいうお定まりのガジェットに加え、今回魅力を振り巻くのがディープ・アーチャーというサイバー空間。開発者の一人は、マキシーンのママ友ヴァーヴァの夫。その話を聞いたマキシーンは実際に仮想空間を体験する。このあたり、ゲーム好きなら、解像度や何やかやの凄さが分かるのだろうが、素人にはIT用語はさっぱりで、楽しめないのがもったいない。

実は、マキシーンはユダヤ系。妹の夫はイスラエル人でアイスに雇われているし、アイスの妻タリスの母親は、マキシーンとは旧知の間柄で反体制活動家のマーチ。アイスが何をしているのかは知らないが、マキシーンたちは、初めから事件に巻き込まれていた。そんなマキシーンの前にウィンダストという男が現れる。国家と関わりの深いネオリベ組織の活動員らしいが、危険な魅力を発散し、マキシーンはそれから逃れられない。そんな折、マキシーンの家に、ビルの屋上で行われるスティンガー・ミサイルの演習実践のビデオが届けられる。一見して分かるように、航空機の狙撃を企む連中がいるのだ。

トマス・ピンチョンと聞いて怖毛を奮う必要はまったくない。これがニューヨーカーという人種だろうか? 主人公マキシーンの一人称視点による軽いノリで、ポップカルチャーを適当にピックアップしながらテンポよく会話が進んでいく。話があまりスピーディーに進んでいくので、五十人弱に及ぶ、付録の「主要登場人物紹介」を手許に置き、時々のチェックは欠かせないものの、要所要所には註が付されているのでネタの解釈に悩む心配はない。ピンチョンがこんなにスラスラ読めていいのかしら、という疑問が湧くぐらいのものだ。

が、そこはピンチョン。国家の枠を超えて動く使途不明の金の動きを追いながら、ふた昔も前のテレビ番組や映画、ポップミュージック、イタリア系、ロシア系、ユダヤ系、それぞれのお気に入りの飲食物、それに今回はファッションやら香水にまで蘊蓄を披露して飽きさせない。巻末に、ニューヨーク市ロングアイランド、マンハッタン、アッパー・ウェストサイドと四枚の詳細な地図が付されている。舞台となるニューヨークという街を知らないのがいかにも悔しい。当時を知る人なら、ジュリアーニ市長が登場する前のNYCと、それ以降の景観のちがいを思い浮かべ、感慨に耽るのではあるまいか。

覆面作家であるのがわざわいして受賞に至らないものの、その正体を明かす気さえあるならノーベル文学賞間違いなしというポスト・モダンの旗手、トマス・ピンチョン。ファンが手ぐすね引いて待っていただけはある、読みごたえ充分の作品だが、一般の読者にも門戸は広く開かれている。『ヴァインランド』がそうだったように、入り口は広く奥の深いのがピンチョンの世界だ。若い読者なら『LAヴァイス』や、この作品からピンチョン・ワールドに入っていくのが正解かも知れない。