青玉楼主人日録

仮想の古書店「青玉楼」の店主が、日々の雑感や手に入った新刊、古書の感想をつづります。

『ベータ2のバラッド』 サミュエル・R・ディレイニー他

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主にニューウェイブSFの中篇を集めたアンソロジー。表題作になっている「ベータ2のバラッド」を書いているサミュエル・R・ディレイニーの短篇集『ドリフトグラス』を読んで、その才能に驚いたばかりなので同じシリーズ中の本書を手にとった。編者が若島正氏というのも選択の理由だ。ニューウェイブが英国で始まったことを意識してか、バリントン・J・ベイリー、キース・ロバーツに、リチャード・カウパーH・G・ウェルズという英国作家が並んでいる。アメリカからはディレイニーともう一人、ハーラン・エリスンが選ばれている。本邦初訳が四篇というから、かなり異色のセレクションということになる。

表題作「ベータ2のバラッド」は謎解き興味を持たせたSF中篇。銀河系人類学を学ぶ学生ジョナニーに与えられた課題は数世紀前に地球を離れた宇宙船団<星の民>で起きた事件である。目的地にたどりつけなかった二隻の船に何が起きたのかを探りレポートにして出せというものだ。ベータ2というのは、難破船の一隻の名で、そこで起きた歴史を歌にしたバラッドが残されている。ジョナニーに課されたのは一次資料に直接当たり完全な分析を行うことだった。航海日誌等の資料を見つけたジョナニーは、そこで緑色の目をした不思議な少年に出会う。

お目当てのディレイニーだが、SFに譚詩という文学的なモチーフを用いている点や、言語に関する言及など、後のディレイニーを予感される卓見や優れたアイデアは散見されるものの、同じ中篇の「エンパイア・スター」と比べると、初期の作品ということもあり若書きの感がぬぐえない。本来ならもっと長い作品となるべき素材を枚数の関係で短く端折った中途半端な仕上がりという印象を持った。

ベイリーの「四色問題」は、数学好きか、もしくはバロウズファン向き。ロバーツの「降誕祭前夜」はいわゆる歴史改変小説で、第二次世界大戦時に英独連合ができていたら、という仮定にたって書かれている。SFに詳しい方ではないので、自信はないが、この二篇が、英国由来のニューウェイブ選という括りにぴたりと当てはまるのかどうか、首をひねってしまった。

掘り出し物と思ったのは、リチャード・カウパーの「ハートフォード手稿」だ。現代青年が、叔母の遺産を相続するにあたり、叔母が甥に遺した古い本をめぐる話である。以前、H・G・ウェルズの『時の探検家たち』は、実話に基づいていたという叔母の話を一笑に付した甥に、時間旅行の可否を判断する決め手として遺した本の中には、その時代には絶対に書くことが不可能な記述が挿入されていた。専門家による鑑定を経て、話者はその内容を逐一書き写し、読者の判断を仰ぐというスタイルだ。

その中身は、タイム・トラベル物のSF。それもかなり古典的な。本家のH・G・ウェルズの『タイムマシン』と比較しても往古の雰囲気漂う逸品。タイムマシンの故障で、想定外の時代に降り立った主人公が修理用の部品調達のために、ペスト禍に見舞われるロンドンを目指す話である。不衛生な当時のロンドンで得体の知れない疫病に市民がどう立ち向かったか、未来から来た人間には、それが如何にまちがった対処法に思えたか。分かっていてもどうしようもない無力感に加え、忍び寄る疫病、とサスペンス溢れるSF小説となっている。

小説のもとになった当のH・G・ウェルズの『時の探検家たち』も収録されている。両方を併せて読むと、なおさら感興が深い。『タイムマシン』を読んでいなかったら、それも参照されるとなお良い。