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青玉楼主人日録

仮想の古書店「青玉楼」の店主が、日々の雑感や手に入った新刊、古書の感想をつづります。

『アックスマンのジャズ』 レイ・セレスティン

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ハリケーンが迫りくるニューオーリンズの街を舞台に、連続殺人鬼を追う三組の探偵役の活躍を描く長篇ミステリ。時は1918年、ジャズ発祥の地であるニューオーリンズでは、アックスマンと名のる斧を使った殺人犯による連続殺人が起き、市民は恐怖に震えていた。ジャズが好きなアックスマンは新聞社に宛てて犯行予告を送り、その時刻にジャズが演奏されている家は見逃す、と書いていた。当時、流行の兆しを見せていたこともあり、ジャズを演奏させるレストランが続出しバンド・メンバーは大忙し。怖いもの見たさで街に繰り出す酔狂な連中で街はマルディグラの狂騒状態に陥る。

アイルランド系の刑事マイクルは、アックスマン事件の捜査で指揮をとっていたが、四件目の事件が起きても犯人の手がかりすらつかむことができず焦っていた。上司のマクファースンからは捜査失敗の責任を負っての解任が仄めかされ、もしさからえば、家庭の事情をかばいきれないと、脅しめいたことも言われる。実はマイクルには黒人の妻とその間にできた二人の子がいる。時代が時代であり、南部のニューオーリンズでは白人と黒人の結婚は考えられないことだったのだ。

しかもマイクルには別の困難な事情があった。先輩刑事のルカを告発して刑務所送りにしたことで、仲間の刑事の反感を買っていた。ニューオーリンズには、ザ・ファミリーと呼ばれるイタリア系のマフィアが根強い力をふるっていて、その力は警察内部にも及んでいた。ルカに限らず、多くの刑事がドン・カルロの組織と通じており、マイクルは署内で孤立していた。そんな時、同じアイリッシュで新人のケリーが協力を申し出てきた。力を得たマイクルは家族を守るため捜査に邁進する。

同じ頃、模範囚で一年刑期を短くされたルカは、刑務所を出たばかりだった。ニューオーリンズに戻ったルカはドン・カルロを訪ねた。頼りたくはなかったが、ファミリーの銀行に貯めていた金が警察に摘発されたため、イタリアに帰ることもできなかったからだ。ドンは、ルカに当座の金と住まいを用意し、アックスマンが誰かを突き止めたら、組織から抜けさせることを約束する。昔なじみの刑事から事件の捜査資料を見せてもらったルカは犯人が現場に残したタロット・カードがブードゥー巫女のところで見たフランス式タロットであることを見抜き、クレオールに目をつける。

かつての情報屋からブードゥーについて知りたいのなら、ある女を訪ねるといいと教えられ、バイユーに足を踏み入れる。映画『ノーマーシー/非情の愛』で、リチャード・ギアキム・ベイシンガーが逃げ惑ったあのマングローブの枝という枝からスパニッシュ・モスが垂れ下がった湿潤で陰鬱な低湿地帯だ。そこで、訪ねてくる患者に医療を施していたのがシモーンというクレオールの美女。マルセイユ・タロットについてはたいした情報は得られなかったが、ルカはシモーンに魅かれるものを感じた。

三組目の探偵役は有名なピンカートン探偵社に勤務するアイダ。警察官志望だったが、女であることとわずかながら混じっている黒人の血のおかげで警察官になれず、それならと女も雇っているピンカートン探偵社に応募したが、今のところは受付しかさせてもらえてない。なんとか探偵として認められたいと思い、独りでアックスマン事件を調査し始める。このシャーロック・ホームズに憧れる女探偵の相棒を務めるのが、なんと、当時売り出し中のコルネット奏者、ルイス・アームストロング。あのサッチモの若き日の姿である。作中で繰り広げる即興演奏に聴衆が興奮するところなど、ジャズ台頭期のニューオーリンズの熱気をよく伝えている。

もっとも、この駆け出し探偵、ホームズには似ても似つかない足で稼ぐタイプ。若い女一人では張り込みや聞き込みも難しいからと父に演奏を教えてもらっていた頃からの友だちであるルイスを相棒役にしている。あやしい男の後をつけたり、人の家に忍び込んだり、と危なっかしい捜査を続けるが、大事な勘所は押さえている。危険な目にあうアイダを何とか助けようとするルイスの経歴その他は、現実のサッチモのそれをなぞっており、困難な状況下でがんばる若いミュージシャンに声援を送りたくなってくるが、音楽家は殴り合いには不向きだ。指や唇を怪我したりしたら商売が上がったりになる。

この三者三様の探偵役が視点を交代しながら犯人に迫るのがミソだ。プラス面としては、いろんなジャンルのミステリを読んでいる気分が味わえるところか。マイクルと彼を慕うケリーの警察官コンビは、署に巣食う悪徳警官やその背後に潜む巨悪との対決を一身に背負っている。正義の告発者が仲間に総スカンをくらうというのも警察小説によくある話だ。刑事としての能力も魅力もルカに劣るマイクルは、かつてルカが自分を仕込んでくれたように若いケリーを育てようとすることで、力と自身を得る。

ルカは好んでマフィアの手先になったわけではなかった。同じシチリア出身ということで、若くしてファミリーによって警察に送り込まれてしまったのだ。過去を持つルカが、シモーンによって身も心も癒されてゆくあたりは、この小説の中でいちばん読ませるところだ。アックスマンに最も接近するのもルカである。バイユーの低湿地帯で繰り広げられる追走劇はハリケーンによる洪水という状況もあって迫力満点。ハードボイルド小説のノリである。

アイダとルイスのコンビは、ホームズとワトソンを意識しているのだろうが、本家からの引用等それなりに楽しませてくれるものの、ホームズ物の味わいには乏しい。むしろ、毛皮をまとった大男が短剣をふるって襲いかかるところなど、ルパンやホームズ以前の犯罪小説風の雰囲気というほうがふさわしい。マイクルやルカがきれいごとではすまない男社会の中で生きるため、心ならずも手を汚さなければならない、どちらかといえば陰の役割を任されているため、陽のキャラクターとしてアイダとルイスの若さが必要だったのだろう。

マイナス点としては、三つの異なる小説を同時に読んでいるようなまとまりのなさがあげられる。個人的には、ルカが担当するハードボイルド・バージョンがもっとも好みで、次がマイクル、ケリーによる警察小説バージョン。ニューオーリンズのような大都市に蔓延る悪徳に対峙するにはアイダのような若い娘や、ただのミュージシャンに過ぎないルイスには荷が重過ぎる。ここだけヤング・アダルト小説のような雰囲気が漂うところに違和感が残る。もっと徹底してリアリズム路線で書いてもらいたかった。

イタリア系、アイルランド系、クレオール、黒人といった異なる人種が、それぞれの勢力範囲を持ち、緊張関係をはらんで住み分けるという独特の歴史を持つニューオーリンズ。その街を背景に、実際に起きたアックスマン事件を活用し、ロンドン在住という身でありながら、登場人物にニューオーリンズの市中を縦横無尽に歩き回らせるのみならず、ジャズに湧く群衆の喧騒、ハリケーンによる大洪水まで一切合財を放り込み、処女長篇を書き上げた著者の実力には脱帽する。ただ、あまりにも人が死にすぎる。こんなに殺さなくてもよかったのではないか、と言いたくなるのは、こちらが平和ボケした日本人だからだろうか。