青玉楼主人日録

仮想の古書店「青玉楼」の店主が、日々の雑感や手に入った新刊、古書の感想をつづります。

2014-01-01から1年間の記事一覧

『バンヴァードの阿房宮』ポール・コリンズ

世の中には、どうしてこんな物をと思うようなものに執着する人が必ずいる。傍目から見ればごみ屑同然でも、当人にとっては宝物なのだ。ポール・コリンズにとって「歴史の脚注の奥に埋もれた人々。傑出した才能を持ちながら致命的な失敗を犯し、目のくらむよ…

『ランペドゥーザ全小説』ジュゼッペ・トマージ・ディ・ランペドゥーザ

1860年五月、当時イタリアは統一されておらず、シチリアは依然王国下にあった。パレルモに広大な館を持つ公爵ドン・ファブリツォは実績ある天文学者らしく移り変わろうとする時代を冷静に受けとめていた。ガリバルディ上陸以来、革命を象徴する三色旗の動き…

『別荘』ホセ・ドノソ

鉱山から採掘される金を叩いて金箔に加工したものを輸出することで莫大な財を成したベントゥーラ一族は毎夏使用人を引き連れ、マルランダと呼ばれる原野に築かれた別荘で避暑するのが習慣になっていた。別荘の周りは金の穂先をつけた槍で囲われ、その先はグ…

『プロット・アゲンスト・アメリカ』フィリップ・ロス

読み終わる頃に、背中の辺りに冷たいものが流れるような悪寒が感じられた。ホラー小説ではない。「アメリカをテーマにする優れた歴史小説」に贈られる賞を受賞している、というのだからジャンルでいうなら歴史小説なんだろう。第二次世界大戦当時のアメリカ…

『低地』ジュンパ・ラヒリ

同じように丸く明るく空に輝いても太陽と月はちがう。遍く人を元気づける太陽に比べれば、月の恩恵を受けるものは夜を行く旅人や眠れず窓辺に立つ人くらい。健やかに夜眠るものにとって月はあってもなくてもかまわないものかも知れない。カルカッタ、トリー…

『帝国の構造』柄谷行人

西にイスラム国が誕生し、北ではウクライナ・ロシア国境付近が不穏な動きを見せている。アメリカは、シリアに爆撃を決定し、ロシアはウクライナのNATO入りを武力行使してでもやめさせようと躍起になっている。スコットランドが連合王国から独立するための住…

『翻訳問答』片岡義男×鴻巣友季子

タイトルが、落語の『蒟蒻問答』のもじりであることがわかれば、この本の遊び心の割合がだいたい知れよう。禅についての知識など全くない蒟蒻屋が托鉢僧の禅問答に、自分の売っている蒟蒻の大きさや値段を手まねで見せたところ、相手は勝手に解釈し、たいし…

『明治の表象空間』松浦寿輝

萩原朔太郎の詩が好きで、『月に吠える』『青猫』と読み進み、その口語自由詩のたたえるリズムに心地よく酔いしれていたら、突然、『氷島』の詰屈な文語調にぶつかり、いったい朔太郎はどうなってしまったのだろう、などと不審に思いながらも、その独特の韻…

『はい、チーズ』カート・ヴォネガット

2007年に84歳で亡くなったカート・ヴォネガットの未発表短篇集である。SFや、ショート・ショートでよく使われるような、ちょっとしたアイデアを、丹念に育てあげ、ユーモアをまぶし、思いっきり捻りをきかせて、ストンと落とす。サプライズ効果満載のエンタ…

『コレクター蒐集』ティボール・フィッシャー

書き出しがいささか面妖だ。「わたしは、この星に余るほど蒐集してきた。/お次の所有者…ご老体、肥満体(略)目下の保管者…競売人」。「わたし」とはいったい誰で、何を蒐集してきたのだろう。所有者?保管人?謎かけは作者の専売特許だ。あっさり種明かし…

『部屋の向こうまでの長い旅』ティボール・フィッシャー

いやいや引き受けたコンピューターグラフィックスの仕事で思わぬ大金を手に入れたオーシャンは、ロンドンの外れに上下二階分のフラットを手に入れると、そこに引きこもった。この時代、金さえあれば、部屋から一歩も出ずに生きていける。糞みたいなロンドン…

『ジョン・ランプリエールの辞書』ローレンス・ノーフォーク

ロンドンの地底に延びる地下通路、ヴォーカンソンの自動人形、人知れず地中海を航行する沈んだはずの三本マストの帆船。トマス・ピンチョンを思わせる道具立てに、エーコばりのギリシア神話に関する薀蓄を満載した歴史バロック・ミステリという触れ込みに、…

『かつては岸』ポール・ユーン

八篇の短篇を収める短篇集。全篇の舞台となるのが、韓国有数のリゾート地済州島を思わせる「ソラ」という名の島。時代は、日本の支配下にあった第二次世界大戦当時から、観光業で栄える現在に至る期間を扱っている。 著者は韓国系アメリカ人。1980年、ニュー…

『失われた足跡』アレホ・カルペンティエル

実際に車を走らせるときは、カーナビに頼ってばかりいるくせに、海外小説を読んでいて気になる地名が出てくると、わざわざ地図を開いて確かめたくなる。作中の地名は架空のものだが、手記の最後にカラカスと記されているからには、ベネズエラ。オリノコ河を…

『読書礼賛』アルベルト・マングェル

著者マングェルは、ホルヘ・ルイス・ボルヘスやアドルフォ・ビオイ= カサーレス等ラ・プラタ幻想派のすぐ傍にいて、盲目のボルヘスに本を読み聞かせていた男。いわばバベルの図書館の音声ガイドである。ペロン政権下でイスラエル駐在アルゼンチン大使の息子…

『岸辺なき流れ 下』ハンス・へニー・ヤーン

圧倒的な読み応え。長広舌も、果てしなく続く議論も、挿入される逸話(アネクドート)も、小説的強度はドストエフスキーのそれに似るといっても過言ではない。内容以前に、読者にぐいぐい迫ってくる「読ませる力」が並大抵ではない。とにかく最後まで読み終…

『岸辺なき流れ上』ハンス・へニー・ヤーン

国書刊行会の宣伝文句が凄い。 「ジョイスの『ユリシーズ』やプルーストの『失われた時を求めて』と並び称される二十世紀文学の大金字塔が、半世紀の歳月をかけて遂に翻訳なる!!カフカ、ムージル、ブロッホと並ぶドイツが生んだ巨匠ヤーンの最大の問題作。…

『アヴィニョン五重奏Ⅳセバスチャン』ロレンス・ダレル

『アヴィニョン五重奏』も四巻目。前作「コンスタンス」で予告された「手紙」が物語の鍵を握ることになる。アッファド宛のその手紙とは、グノーシス主義の供犠としての「死」が許されたことを示すもので、本人だけが知ることができる死の日時が記されている…

『闇の中の男』ポール・オースター

これもまた、作者の言う「部屋にこもった老人の話」系列のひとつで、五作目に当たるこの作品が最後の作品になる。主人公の名はオーガスト・ブリル。「元書評家で七十二歳、ヴァーモント州ブラトルボロ郊外に、四十七歳の娘、二十三歳の孫娘と暮らしている。…

『モンフォーコンの鼠』鹿島茂

オノレ・ド・バルザックといえば、一作品の登場人物を他の作品でも使い回す「人物再登場法」を駆使し、総体として『人間喜劇』という一大世界を創りあげた19世紀パリを代表する大文豪だが、そのバルザック本人や関係者、さらには作中人物や友人ヴィクトル…

『元気なぼくらの元気なおもちゃ』ウィル・セルフ

期待にたがわぬウィル・セルフ本邦初の短篇集。多くの作家の短篇を集めたアンソロジー『夜の姉妹団』で一篇読んだだけだが、妙に心に残るものがあったのがウィル・セルフという作家だった。巻末の邦訳リストにあったこの本が図書館で見つかった。「奇想コレ…

『古代の遺物』ジョン・クロウリー

『エンジン・サマー』、『リトル、ビッグ』で知られるSF、ファンタジー界にとどまらないジャンル横断的な作家ジョン・クロウリーのおよそ四半世紀にわたる短篇の中から12篇を発表年代順に配列した著者最新の日本オリジナル短篇集。寡作、しかも代表作『…

『夜の姉妹団』柴田元幸編訳

少し前の本だが、図書館の新着図書のなかにジョン・クロウリーの『古代の遺物』があるのを見つけ、検索をかけたら、表題作の短篇が収まった柴田元幸訳編による、この一冊が引っかかってきた。スティーヴン・ミルハウザー、スチュアート・ダイベックはじめ、1…

『ナイチンゲールは夜に歌う』ジョン・クロウリー

短篇集と呼ぶには、少し長めの二作を間に挿んで、天地創造神話をクロウリー流にアレンジした日本語版の表題作「ナイチンゲールは夜に歌う」と、作家が昼間のバーでアイデアを練る姿をスケッチしてみせる英語版表題作「ノヴェルティ」の四作で構成される、ク…

『リトル、ビッグ』ジョン・クロウリー

読み終えた後、それについて何か語りたくなるのではなく、いつまででも読んでいたくなる、そんな本である。物語の中から出たくなくなる。読み終えてしまえば、そこから立ち去らねばならない。いつまでも、この謎めいた屋敷や森や野原のなかで迷い子になって…

『エンジン・サマー』ジョン・クロウリー

大洪水の水が引かず、ノアの方舟が何世代にわたって航海を続けたと仮定しよう。ノアも息子たちも死に絶え、何千年も過ぎて陸地が見えたとき、そこに人々がいたとしたら、その人々には、ノアの子孫は地上の者とは思えなかったのではないだろうか。方舟には方…

『屋根屋』村田喜代子

上手いタイトルをつけたものだ。上から読んでも下から読んでも、右から書いても左から書いても同じ漢字を使った最短の回文「屋根屋」である。もっとも、作者が名うてのストーリー・テラーとして知られる村田喜代子。この人の書くものならタイトルが何であっ…

『アルグン川の右岸』遅 子建

物語の舞台となっているのは、中国内モンゴル自治区とロシア国境を流れるアルグン川の東岸。かつて日本が満州国と呼んで支配していた土地で、中国最北端の地である。語り手はその地に長く暮らすエヴェンキ族の最後の酋長の妻で齢九十歳をこえる。エヴェンキ…

『ケンブリッジ帰りの文士 吉田健一』角地幸男

「序にかえて」を一読すれば分かるように、著者の吉田健一に寄せる思いは、単なる作家論の対象であることをはるかに超えている。初めてその文章に出会った時から実際にその謦咳に接するまで、まるで道なき広野を行く旅人が辿る先人の足跡のように、著者は吉…

『ブルックリン・フォリーズ』ポール・オースター

「フォリ-」とは愚行を意味する名詞だが、複数形の「フォリーズ」になると、女性たちの歌や踊りを中心としたレビューを意味するのが通例だ。となれば、表題の意味するところは、ブルックリンを舞台にした愚行の数々(についてのショー)、といったことにで…