青玉楼主人日録

仮想の古書店「青玉楼」の店主が、日々の雑感や手に入った新刊、古書の感想をつづります。

2015-01-01から1年間の記事一覧

「トリミング」

今日はこの前病院にいってから一週間。毎日ちゃんと薬を飲ませたので、そろそろよくなったかと思っていたのだが……。培養の結果、ニコのボツボツは真菌のせいだと判明。先生が言うには、この際バリカンで毛を刈って、シャンプーしたほうがいい、という無情な…

『老首長の国』 ドリス・レッシング

南ローデシア(現ジンバブエ)を主な舞台とした短篇集。ドリス・レッシングはペルシアに生まれ、五歳の時、南ローデシアに家族で移住。そこで三十年過ごした後英国に渡り、作家となる。副題にあるとおり、アフリカに想を得た短篇ばかりを集めているが、なか…

「ニコ紹介」

わが家に三年ぶりに猫が来た。ヒマラヤンの雌で名前はニコ(Nico)。初代の猫の名がニケだったので、女神つながりの名前を考えたのだけれど、どうもぴったりこない。そこで、電話帳ではないが、ニケの次の娘だからニコということにした。8月20日が誕生日だっ…

『密会』 ウィリアム・トレヴァー

「現代のチェーホフ」と呼ばれる短篇小説の名手、ウィリアム・トレヴァーの短篇集。若島正がその著『乱視読者の英米短篇講義』のなかで「つまらない作品をひとつとして書いたことのない」と称えたトレヴァーである。死にゆく人の最期に付き添う姉妹が亡き夫の…

『黒檀』 カプシチンスキ

読みながら、たびたび思い出したのは長田弘氏の詩だった。思索的でありながら、索漠とした散文ではない、詩心を感じさせてくれる文章なのだ。解説の中でカプシチンスキがほんとうに詩人だったことを知り、納得した。これは詩人の筆になるアフリカ大陸に住む…

『エヴァ・トラウト』 エリザベス・ボウエン

ボウエン最後の長篇小説。ブッカー賞のリストに載るが受賞はしなかった。プロットや人物造型に対する不満が評価が分かれる理由らしい。人物造型についていえば、たしかに主人公であるエヴァはあまり人好きのするタイプではない。なにしろ億万長者の一人娘で…

『ボウエン幻想短篇集』 エリザベス・ボウエン

掌篇といえるような短いものも含む短篇小説が十七篇。いずれも、ごくごく普通の男女が日常のなかで出会うべくして出会ってしまった類稀なる非日常の一コマを鮮やかに切り取り、すくいとって見せる、短篇小説の名手ならではの技巧の冴えを見ることができる名…

『日ざかり』 エリザベス・ボウエン

「しかし彼らは二人きりではなく、それは最初から、けだし恋の初めからそうだった。彼らの時代がテーブルの三人目の席についていた。彼らは歴史の産物で、彼らの出会いそのものが、ほかの日ではありえない出来事だった――その日の本質がその日に内在していた…

『神秘列車』 甘耀明

台湾の若い作家の短篇集である。少し前に読んだ呉明益の『歩道橋の魔術師』もそうだが、近頃、現代台湾文学の紹介が相つぎ、それもどの作品も高水準を保つ。台湾は多言語社会でいくつもの言語が飛び交う。作中では多様な言語を駆使する甘耀明は、父が客家(…

『恋と夏』 ウィリアム・トレヴァー

フロリアン・キルデリーの両親は画家だった。親は息子に期待したが、彼にその種の才能はなく、両親の死後相続した十二部屋もある屋敷を保持する経営の才能もなかった。借金返済のために売り払ってしまい外国にでも旅立とうと考えていた。そんな時、部屋の隅…

『プニン』 ウラジーミル・ナボコフ

何故かナボコフの作品の中でこれがいちばん好きかもしれない、という気がしてくるから不思議だ。主人公は、ほぼ作者ナボコフ自身の経歴をなぞった亡命ロシア人の大学教授ティモフェイ・プニン。新大陸アメリカのウェインデル大学でささやかなロシア語講座を…

『サリンジャー』 デイヴィッド・シールズ/シェーン・サレルノ

サリンジャーのファンや愛読書の中に『キャッチャー・イン・ザ・ライ』その他を挙げている人は読まないほうがいいかもしれない。読めば、これまでと同じような気持ちで作品を読み返すことが難しくなるだろう。たしかに小説と作者は別物だ。「文は人なり」な…

『伝道の書に捧げる薔薇』 ロジャー・ゼラズニイ

ディレイニーと並んで60年代アメリカSF界を代表する作家ロジャー・ゼラズニイの初期中短篇集である。全15篇の中には、ひとつのアイデアのみで成立する超短篇も含まれているが、その持ち味を堪能しようと思えば表題作を含む中篇に読み応えのある作品が多…

『ウィダーの副王』 ブルース・チャトウィン

かつて『ウィダの総督』というタイトルで訳されていたブルース・チャトウィンの数少ないフィクションの新訳である。サザビーズでも指折りの目利きとして知られながら、世界各地を旅して歩き、現地での見聞や蒐集した資料を駆使して、それまで誰も試みたこと…

『煙の樹』 デニス・ジョンソン

主人公の一人スキップことCIAのウィリアム・サンズがなかなかやってこない指令を待ちながら、潜伏先のベトナムのヴィラで読んでいるのが、シオランとアルトーというのが、スパイ活劇風小説におけるいいスパイスになっている。二段組で600ページをこえるボ…

『中上健次』(池澤夏樹=個人編集日本文学全集23)

全集で難しいのは数多ある代表作の中から何を選ぶかということだろう。中上といえばよく引き合いに出されるのがアメリカ南部にある架空の地ヨクナパトーファ郡に起きた多くの人々と出来事を描いたウィリアム・フォークナーのヨクナパトーファ・サーガだが、…

『ジーン・ウルフの記念日の本』 ジーン・ウルフ

原題は“ Gene Wolfe’s Book of Days ” 。この「ブック・オブ・デイズ」。ここでは「記念日の本」という訳になっているが、一年間365日の一日一日について、「今日は何々の日」ということを解説した本のことである。ジーン・ウルフがその初期短篇の中から、あ…

『スウェーデンの騎士』 レオ・ペルッツ

1701年冬、シレジアの雪原を二人の男が追手を恐れながら歩いていた。軍を脱走しスウェーデン王の許へ急ぐ青年貴族クリスティアンと、絞首台を辛くも逃れた市場泥棒だ。身を隠すため入った粉挽き場にあった料理を勝手に食べた二人は、ちょうど来合わせた粉屋…

『吉田健一』(池澤夏樹=個人編集 日本文学全集20)

あるとき朔太郎を読んでいて、文学とはまず第一に批評である、と書かれていて驚いたことがある。それまで文学といえば真っ先に思い浮かべるのは小説だったから、なぜ批評がその上に位置するのだ、と疑問に思ったものだ。当時、批評とは「他人の書いたものを…

『歩道橋の魔術師』 呉明益

表題作の題名どおり、歩道橋の上に店を出す魔術師を各篇のつなぎに使った連作短篇集。時は1980年代初頭。今はなき台北の一大商業施設「中華商場」を舞台として、そこに暮らしていた少年たちの出会いや別れ、初恋、死といった、いずれも少し胸の奥がいたくな…

『Novel 11,Book 18 ノヴェル・イレブン、ブック・エイティーン』 ダーグ・ソールスター

誰もそのことによって傷つけられはしない(本人は別として)。それどころか、その行為に加担することで利益を得る者すらいる。しかし、道義的に見れば社会的に許されない行為であることはたしかだ。事実を知れば誰も彼を許そうなどとは考えないにちがいない…

『パリの家』 エリザベス・ボウエン

三部構成で一部と三部は現代の「パリの家」を舞台とし、間に挟まれた二部は十年前の親の世代の恋愛事件を扱っている。ヘンリエッタは十三歳。早くに母を亡くし、父の都合でロンドンを離れ独り伊仏国境近くに暮らす祖母の家に向かう途中、同行者の都合で、パ…

『紙の動物園』 ケン・リュウ

アメリカにおいては評価されにくいと聞く短篇を主体とするからか、本国では単独著作は未刊行。翻訳によって外国で作品集が刊行される珍しい作家である。これも訳者によって編まれた日本独自のオリジナル短篇集。表題作「紙の動物園」は20ページたらずの短篇…

『ナイン・ストーリーズ』 J.D.サリンジャー

ジョアンナ・ラコフの『サリンジャーと過ごした日々』を読んで、久し振りにサリンジャーが読みたくなった。書棚を探すと黄ばんだ新潮文庫版の『ナイン・ストーリーズ』(野崎 孝訳)が見つかった。自分で購った記憶がないから妻の持ち物だろう。たしか柴田元…

『吉田健一』 長谷川郁夫

美しい本である。その内容だけでなく、造本・装丁もふくめて、本というものを愛していた吉田健一もきっと喜ぶにちがいない。ミディアム・グレイの背に清水崑描くところの氏の横顔を配した下に、金字で書名を横書きにし、英語のサインが付されている。著者名…

『サリンジャーと過ごした日々』 ジョアンナ・ラコフ

恋人と別れ、留学先のロンドンから故郷に戻ったジョアンナは、ニュー・ヨークの出版エージェンシーで働き始める。仕事は、ボスがディクタフォンに録音した手紙をタイプすること。それとジェリー宛に届く手紙に定型文の返事を書いて出すことだった。採用にあ…

『やちまた』下 足立巻一

下巻は春庭の主著のうち、自動詞、他動詞について考えを述べた「詞の通路」についての記述からはじまる。文法論のこととて国語学に詳しくないものには少々難しい。それよりも、著者の身辺雑記のほうが、読者としてはよほど興味が湧く。同じ家を借りて自炊生…

『やちまた』上 足立巻一

「丘の文庫」は、昔のままにたっていた。案内を請うと車椅子に乗った館員は、「おそらくその文庫はこの建物でしょう。当時のままで残っているのは、この建物とそこに見える赤い壁の書庫だけです」と説明した後で、閲覧室に誘った。真新しい机と椅子は最近の…

『古事記』 池澤夏樹訳

この本、どこかで読んだことがある。そんな気がした。内容ではない。見かけのほうだ。読みやすい大き目の活字で組まれた本文の下に、小さなポイントの太字ゴチック体の見出しに続いて明朝体で脚注が付されている。丸谷才一他訳による集英社版『ユリシーズ』…

『堀辰雄 福永武彦 中村真一郎』

同名のアニメですっかり有名になってしまった『風立ちぬ』でなく、「かげろうの日記」とその続篇「ほととぎす」を採ったのは、大胆な新訳が売りの日本文学全集という編者の意図するところだろう。解説で全集を編む方針を丸谷才一の提唱するモダニズムの原理…