青玉楼主人日録

仮想の古書店「青玉楼」の店主が、日々の雑感や手に入った新刊、古書の感想をつづります。

『鷹の王』C・J・ボックス 野口百合子訳

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ワイオミング州の猟区管理官ジョー・ピケットを主人公とするシリーズのいわばスピン・オフ。もちろんジョーも活躍するが、この作品の主人公はジョーではない。シリーズの多くの作品で主人公を助ける強力な相棒、ネイト・ロマノウスキが真の主人公だ。元特殊工作隊員のネイトは、二〇〇一年に突然、誰にも何も言わず、勝手に軍を去る。そこにどんな理由があったのか、これまでは読者に知るすべがなかった。その秘密のベールを剥がしたのがこの一篇である。

フライフィッシングをしていた男が、川を流れてくるドリフト・ボートを発見するところから話ははじまる。中には大量の血と三人の男の死体が乗っていた。頭が半分吹っ飛び、銃弾が体を突き抜けていることから、火器の強力さが分かる。このあたりで、そんなでっかい銃を持ち歩く男は、ネイト・ロマノウスキしかいない。保安官のマクラナハンはジョーに、保安官事務所に来いと電話する。二人には過去に様々な因縁があり、互いに反目しあう仲だ。

ネイトには過去があり、連邦から追われている身だ。しかし、地元のハンターに突然襲われるような恨みを買った覚えはない。これが「地元の部族のリクルート」なら以前所属していた特殊部隊<ザ・ファイブ>が本気で動き始めたということだ。ネイトは左肩に刺さった矢を抜き、血止めをすると自分の家に火を放ち、すべての証拠を消し、ジープを駆って次の目的地に向かう。仲間の安否を確かめ、無事に逃がすためである。

ネイトは大学在学中に鷹匠としての腕を見込まれ、後に彼の師匠となる鷹匠で、特殊部隊のボス、ジョン・ネマチェクにスカウトされ、特殊部隊の訓練を受ける。厳しい訓練に耐え、<ザ・ファイブ>入りを果たすと、アフガンや中東で、人には言えない仕事をしてきた。しかし、あることを契機に、自分の仕事がほんとうに国のためになっているのか疑問を感じるようになっていた。そこに国を揺るがすような事件が起き、自分が騙されていたことを知り、行方をくらませた。

直属上司のやっていたことが許せなかったし、行動を共にしていた自分も許せなかった。それ以降、彼はワイオミングの自然の奥懐に隠れ住み、鷹匠として生きることにした。ある殺人事件の容疑者として保安官に捕らえられたときにジョーと出会い、その人間性に触れ、この世にまだ信じることのできる人間がいることを知った。ジョーが真犯人をつかまえることで、ネイトは命拾いした。それ以降、彼はジョーに危機が迫ったとき、手段を択ばず助けるようになり、二人の友情は強いものになった。

しかし、今度の相手は自分の師匠であり、その強さも知力も、非情さも知りぬいている。ジョーには関わらせたくなかった。なぜなら、それはジョーだけでなく、彼の家族をも危険に巻き込むことになるからだ。ネイトは、ジョーに別れを告げ、単独で動き始める。しかし、頼りにしていた隠れ家はすでに敵の急襲を受け、ヘイリーという女性と二人だけ辛くも脱出し、二人はネマチェクを追うことになる。自分を殺そうとしている相手から自由になるには相手を仕留める以外にないからだ。

次々と襲いかかる殺し屋を逆に追い詰めては殺し、生き残った相手を拷問にかけて、ボスの居所を聞き出し、ネマチェクに迫るネイトの特殊部隊仕込みの能力がフルに発揮される。ジョーが主人公のシリーズ諸篇では、どちらかというと人を信じすぎるジョーのお間抜けなところが売りで、最後の最後にジョー言うところの本物のウェスタン、アドレナリン出まくりの大暴れまで、さほどのアクションは見られない。ところが、ネイトに光をあてた今回は胸のすくようなカー・アクションやガン・プレイが連続する。

ネマチェクは、自分の悪事の秘密を知る者を片づけるため、組織の人間や金に目がくらんで動く輩に嘘を吹き込んで、ネイトこそが悪の張本人だと思い込ませた。それだけではない。ネイトは今まで誰にも話はしなかったが、秘密を知っていそうなネイトの周囲の人物まで片っ端から殺しまくっていた。いったいその秘密とは? かつて、アフガニスタンの砂漠のど真ん中で、アラブの王族たちによる鷹狩りの集会があった。ネイトはネマチェクの命を受け、その集会に鷹を連れて参加していた。そこで出会ったウェスタン好きの背の高い男、その男がすべての秘密を解くカギだったのだ。

ジョーの出番はいつもよりは少ないが、ストーリーを動かす働きは彼が負う。ネイトはネマチェクを追うことに集中しているので、勢いストーリー展開はシンプルになる。敵を追い詰めるドライブの途中、ヘイリーに自分の過去を物語る。そこが、いいサイド・ストーリーになっている。一方、他人を簡単に信じる癖のあるジョーは今回もやらかしてくれる。そして、ひっかかっていたあること、つまりは伏線だが、それが最後にはっきりと焦点を結ぶ。

サスペンス満点の冒険小説である。シリーズ物ならではの安心感に支えられながら、ダーク・ヒーロー、ネイトの秘密を窺うという、なんとも贅沢な一篇。しかも、アメリカを揺るがす大事件がその背景にある、というのだから読み逃す手はない。シリーズ第十一作ということもあり、義母のミッシーの夫殺し疑惑などという、まだ読んでいないエピソードが小出しにされていたり、死んだはずのエイプリルがぴんぴんしていたりする謎も含めて、未読の巻を探し出して読みたくなるシリーズである。