青玉楼主人日録

仮想の古書店「青玉楼」の店主が、日々の雑感や手に入った新刊、古書の感想をつづります。

2012-01-01から1年間の記事一覧

『批評とは何か』

正直なところ、テリー・イーグルトンの名前は何度も目にしているが、書かれたものを読んだことがない。そんな人間がこの分厚い本をなぜ手にとってみようと思ったのか。理由は至極簡単、面白そうだったから。筒井康隆の『文学部唯野教授』でも紹介されている…

『巨匠とマルガリータ』 ブルガーコフ

もうずいぶん昔、『輪舞』という洋画があった。オムニバス風にいくつかのエピソードがあって、ひとつのエピソードの最後のシーンが次のエピソードの始まりにつながるというしゃれた形式だった。そこから、こういう映画のことを「ロンド」形式と呼ぶようにな…

コンピュータを買った。

新しいコンピュータを買った。今まで使っていたのはイーヤマのデスクトップでOSはWindows 98SE。さすがに近頃は使いづらくなってきていた。古いOSやモニタに対応してないサイトが増え、画像がワイド画面を基準にしていて普通のモニタではちゃんと表示されな…

『極北』

いわゆる「近未来小説」。何らかの理由で人類が滅亡しかけた後に生き残った人々の悲惨な生活を描いた「ディストピア」ものである。しかし、この紹介ぶりから、よくあるSF小説を想像されると困る。たしかに、設定はSF的かもしれないが、内容はきわめてリアル…

第15章

第15章のマーロウは、失踪したウェイドが残したたった一つの手がかり、Vという頭文字を持つ医師の情報を求め、大手機関に勤める知人を訪ねる。しがない私立探偵の目から見た大手同業者のオフィスに注ぐ辛辣な視線が印象的な場面だ。 この章も大きな異同は…

第14章

松原氏の『3冊の「ロング・グッドバイ」を読む』の書評に書いたことだが、アイリーンが夫の居場所を探してもらおうとしてマーロウを訪ねた先は、オフィスではなく自宅だった。久しぶりに続きを書いてみようと思い立って、原文を読むと最初にそう書いてある…

147でipodを聴く

この四月に退職したのだが、ついては親睦会から1万円程度の記念品を贈る規定があるという。何か希望の品はないかと訊かれたので、少し考えてからipod nanoをもらうことにした。定価10800円が手頃だと思ったからだ。 さて、早速愛用のMac PowerBookG3を持ち…

横輪桜

「お昼は田園で食べて横輪桜を見に行きましょう。今日あたり満開のはずよ。」散り初めた桜を見ながら妻が言った。 横輪桜というのは、市の南西部に位置する横輪の里にだけ咲く桜の品種で、ふつうは一重なのだが、稀におしべが変化して花弁状になった、土地の…

桜坂

健康のことを考え、天気のいい日には毎日歩くことにした。家のある辺りは古くは長峰と呼ばれていたほどで、間の山という山の尾根づたいに旧道が通じている。見晴らしの良いのはけっこうだが、どこへ歩いていっても、帰りは上りとなる。運動になることはたし…

吉野行

突然思い立って、吉野に行くことにした。 子どもも連れ、吉野に出かけたのはもう十数年も前になるか。蔵王堂を訪ねた折、妻は急に体の調子が悪くなって民家の軒端にしゃがみ込んだまま、我々が帰るのを待っていたので満足に桜見物もしていない。 近くの桜が…

『メディチ家の黄昏』 ハロルド・アクトン

こういうのをデカダン趣味というのでしょうか。時は17世紀、トスカーナ大公国を舞台にフィレンツェの名門、誉れ高きメディチ家の衰退から崩壊に至る経緯を、厖大な資料を駆使し、想像力の限りを尽くして描き出した年代記。これが面白いの何のって。隙あら…

「3冊の『ロング・グッドバイ』を読む」

レイモンド・チャンドラーの代表作『ロング・グッドバイ』は、長く清水俊二訳で愛されてきたが、2007年、村上春樹が新訳を発表した。往年のファンは、自分たちが愛読した清水訳のそれとのちがいにとまどいを覚えたようだ。著者もどうやらその一人らしい…

『持ち重りする薔薇の花』 丸谷才一

いやあ、さすがに手なれたものです。こういうのを風俗小説というのでしょう。 財界や会社の人事にまつわる裏事情に始まり、企業買収のために関係者の趣味を徹底的にリサーチするやり口まで、知らなくても困らないが知っていてもいっこうに困らない、いやむし…

『悪い娘の悪戯』 マリオ・バルガス=リョサ

1950年代初頭、ミラフローレスはペレス・プラード楽団の演奏するマンボが人々を熱狂させていた。そんな時代、「僕」はチリからやってきた少女に恋をしてしまう。蜂蜜色の瞳にくびれた腰、マンボを踊らせたら誰にも負けないリリー。しかし、三度にわたる…

第13章

午前11時のリッツ・ビヴァリー・ホテルのバー。マーロウは、人と会う約束でここに来ている。壁一面のガラス窓からプールが見えている。マーロウは飛び込みをする娘を欲望を感じながら眺めている。それまでとは明らかにちがう展開への予感を感じさせる。「…

第12章

第12章は、マーロウが自宅の郵便受けに手紙を見つける場面からはじまる。原文は次の通りだ。“The letter was in the red and white birdhouse mailebox at the foot of my steps.A woodpecker on top of the box attached to the swing arm was raised and…

第8章

第7章は殺人課課長によるマーロウ尋問の場面。例によって挑発に乗った課長は、マーロウの思うつぼにはまってしまう。グレゴリアスという課長は暴力に訴えるしかない愚鈍な刑事の典型として描かれている。翻訳上の異同はあまり面白いところが見つからないの…

第6章

ティファナからの帰り道、マーロウはドライブの退屈さを嘆く。そのなかで、夜の港町のロマンティックさと自分の生活を対比させ、次のように語る。 “But Marlowe has to get home and count the spoons.” 清水訳は「だが、マーロウは家へ帰らなければならない…

第5章

さて、第5章である。 最後に飲んでから一月後、朝の五時にテリ−がやってくる。コートに帽子、そして手には拳銃という古いギャング映画のような格好をして。この“Old-fashioned kick-em-in-the teeth gangster movie"もよく分からない。スラングなんだろうが…

第4章

第4章は、有名な「夕方、開店したばかりのバーが好きだ。」から始まるレノックスの長台詞で幕を開ける。この台詞を読んで、開けたばかりのバーを訪れたファンも多いにちがいない。もっとも、本にあるように午後四時では勤め人には難しかろう。マーロウのよ…

第3章

第3章は、テリ−とシルヴィア・レノックス夫妻の再婚を紹介する新聞の社交欄記事の文体模倣で始まる。彼らの再婚を伝える社交欄の記事を読むマーロウは、かなり腹を立てているがおおよそ事実だろうと考える。その後に、“On the society page they better be"…

第2章

マーロウがテリー・レノックスを二度目に見たのがクリスマス前のハリウッド・ブールヴァードだった。彼は何日も食べておらず、ぼろ屑同然の姿で登場する。マーロウは、警官に見とがめられたレノックスをタクシーに乗せて家に連れ帰ろうとする。 タクシー運転…

第1章

村上訳の『ロング・グッドバイ』を、久しぶりに再読した。前に出たとき、原書も買っておいたのだが、転勤と重なって、ゆっくり読むことができなかった。旧訳とは照らし合わせて読んだのだが、原書まで手が回らなかった。そこで、今度は、村上訳を読んだ後、…

『精霊たちの家』 イサベル・アジェンデ

ガルシア=マルケスの『百年の孤独』との類似を論じた評が多いが、『百年の孤独』以後にこの手の物語を書けば、そう言われても仕方あるまい。ただ、首都にある「角の家」の中を歩き回る精霊たちや浮遊する椅子、床を叩いてお告げをする三本脚の机などのアイテ…